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あなたのとりこ 605 [あなたのとりこ 21 創作]

 土師尾常務はここでもムキになるのでありましたが、例によって迫力不足は否めないのでありました。実際土師尾常務と那間裕子女史では、生来の気が弱いとか強いとかもありはするのでありましょうが、諸事に対する根本的な胆の据え方がまるで違うのでありましょう。二人を対比して見ていると頑治さんにはそれが良く判るのでありました。
「若しかして心の底から自分は卑劣な事はしていないし、従業員の目を気にしなくちゃいけないような疚しい行為はしていない、なんて思っているのかしら?」
 那間裕子女史は目尻に憫笑を湛えるのでありました。
「那間君は一体何を云っているんだ!」
 土師尾常務は熱り立つのでありました。「そんな事を僕がする筈がないじゃないか」
「へえ、それじゃあ幾つか、ここで具体的な話しをしましょうか?」
 那間裕子女史の目が何やら嗜虐的な光を湛え始めるのでありました。「まあ、社長の手前それを暴露されるのが怖いものだから、全く身に覚えの無い事だと、ここで大慌てで体面を繕っているんでしょうけど、内心はおどおどして心臓がはち切れそうになっているんじゃなんないかしら。だからそうやって必死の形相になっているんでしょう?」
「人を愚弄するのも程々にしておけよ!」
「愚弄しているんじゃなくて、本当の幾つかの事実を暴露して差し上げましょうかと云っているのよ。単にあたしの印象とかじゃなくて、事実を事実として」
 那間裕子女史は自信たっぷりに土師尾常務を追い詰めて見せるのでありました。
「そんなものがあるのならはっきりと云って貰おうじゃないか」
 土師尾常務は対抗上きっぱりとそう云い放つのでありましたが、那間裕子女史に対する苦手意識を差し引いても、どこか旗色が悪そうな按配でありましたか。と云う事は、土師尾常務としても全くの寝耳に水と云うよりは、ほんの小指の先程くらいは、社員に対しても、自分自身に対しても、後ろ暗い気持ちがあると云う事でありましょうか。
「こうなったら俺も云わして貰うよ」
 袁満さんが大仰に身を乗り出してきて参戦するのでありました。「これまで遠慮していたけど、こうなったら云いたかったことをここでぶちまけさせて貰う」
「まあまあ、土師尾君も那間君も、それに袁満君もちょっと落ち着いて」
 また社長が間に入って仲裁役を務めるのでありました。「そんな事を云って対立し合っていても、何の役にも立たないじゃないか」
「ええと、確かにこのようないざこざは今日の会議には無関係な事ですけど」
 ここで均目さんがおずおずと云った感じで喋り始めるのでありました。「話しを少し前に戻しますが、つまり社長のお考えとしては、会社の管理一切を、責任者として全幅の信頼を置いて任せている土師尾常務の報酬カットとか待遇の見直しに関しては、今の儘で何も変更する気がない、と云う事でよろしいのですね?」
「まあ、そう云う事をするには忍びない、と云う気持ちがあるよ」
「実態は多分ご存知無いでしょうが、そこ迄常務を信頼されていると云う事ですね?」
「まあ、そう受け取って貰っても構わないかな」
(続)
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