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あなたのとりこ 604 [あなたのとりこ 21 創作]

「ええと、多分そのくらいになるかしらねえ。はっきりとした数字は云えないけど」
「ほう、五十万円ですか。それでもここに居る我々従業員の、春闘で改定された月額賃金と比較して、誰も足下にも及ばないくらい遥かに多額ですよね」
 均目さんが些か白けたような云い草をするのでありまいた。「ま、役員なんだからお前等社員如きの賃金と比較されるのは片腹痛い、と云うところかも知れませんけどね」
 しかし半額で五十万と云う事は全額なら百万と云う事で、その額は幾ら零細企業とは云え、社長の報酬としては少ないのではないかと頑治さんは考えるのでありました。前に何かの話しの序に小耳にしたところに依ると、全労連の他の小規模企業の、部長クラスの給与とそれはあんまり変わらない額でありますか。
 まあ、社長は経営者と云うだけで、日常業務には殆どノータッチで、贈答社の主たる仕事を何もしていないのでありますから、それくらいで妥当と云えば云えるのかも知れませんが。その辺の社長の会社に於ける立ち位地を勘案して、この額はひょっとしたら片久那制作部長辺りが決めた数字なのかも知れないと、頑治さんはふと思うのでありました。
 社長としても片久那制作部長に妙に座った目でそう云い渡されると、おいそれと逆らえないばかりか、成程その辺りが妥当な線だと云う具合に、云い包められたと云う経緯等があったのかも知れません。それでもしかし何だか間尺に合わない、と云う不平が実は社長の心根の内にあったけれど、でもそれを云う勇気はないし。・・・
「で、常務の方はどうなんですか?」
 袁満さんが口を尖らせて訊くのでありました。
「土師尾君は実質的にこの会社の管理一切を取り仕切っている訳だから、私としては報酬をカットするのは実に忍びないところではある」
 これは土師尾常務の代わりに社長が云うのでありました。
「会社の管理一切を取り仕切っている、ですか?」
 袁満さんが大袈裟に吹き出すのでありました。「常務がそんな大した事をしている訳がないじゃないですか。片久那制作部長が居た頃は殆どの管理業務を丸投げにして、単なる営業マンとしてのみの仕事をしてきた人ですよ。それも熱心な営業マンとして働いていた訳でもなく、例えば日比さんがあくせくしてようやく契約成立の段まで運んだ仕事を、横からしゃしゃり出て来て、ちゃっかり自分の業績として横取りするような事をしたり」
「そんな卑劣な事はしていないよ、心外な。何を証拠に、そんな悪意のある、口から出任せの法螺を袁満君は吹いているんだ!」
 土師尾常務は社長の手前なのか、これはきっぱり否定するのでありました。いや社長の手前と云うよりは、ひょっとしたら土師尾常務は本気の本気で、今袁満さんの云ったような事には全く覚えがないのかも知れませんし、袁満さんに身に覚えのないとんでもない濡れ衣を着せられようとしていると、本気の本気で憤怒しているのかも知れません。
「なにをそんなに狼狽えているのかしら?」
 那間裕子女史がからかうのでありました。
「狼狽えてなんかいないよ!」
(続)
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