SSブログ

あなたのとりこ 603 [あなたのとりこ 21 創作]

「何を頓珍漢な反省の弁なんかのたまわっているのよ。そんなんじゃなくて業績がこういう風に傾いたのは、あなたの役員としての頓馬のせいじゃないかって訊いているの。片久那さんの百分の一も役員としての自覚もないし責任も果たしていないのに、何を偉そうに一から十迄人のせいにして、そんなにのうのうとしていられるものよねえ」
「僕は僕なりに、一生懸命に取締役としての責任は果たしてきた心算だ」
「その、僕は僕なりに、と云う云い草がつまり、取締役の任務に対するインチキを、暗に認めている事になるんじゃないの。僕は僕なりにやっていればそれで済む話しじゃないでしょう、役員と云う仕事は。全く了見が幼稚と云うのか頼りないと云うのか。そんな程度でよく、常務取締役でございますなんて大きな顔してふんぞり返っていられるわね」
 那間裕子女史邪そう捲し立てて、舌打ちでこの言を締め括るのでありました。
「那間君に役員の仕事を教えて貰う必要は何もないね」
 土師尾常務は鼻を鳴らして見せるのでありましたが、那間裕子女史の剣幕に気圧されているのが、その眼鏡の奥の目玉の微動具合からありありと窺えるのでありました。
「僕な僕なりに、とか、その辺の気の利かない子供みたいな事を、何の恥じらいもなく云うものだから、その頼りなさにすっかりうんざりさせられるのよ」
「まあ、那間君、その辺で」
 社長が口を出すのでありました。しかしどことなく控え目なこの割って入り方から察すると、社長も土師尾常務の云い草に役員としての矜持とか頼り甲斐とかを全く見出す事が出来なくて、那間裕子女史の不謹慎な発言を厳しく叱責する事が出来にくかったのでありましょう。土師尾常務は社長にも愛想尽かしをされたような具合でありますか。
 社長に制止された那間裕子女史は、まあここも一応社長の顔を立てるように、口を噤むのでありました。社長まで徒に逆上させるのは得策ではないと一応弁えていると云う事でありますか。社長も土師尾常務の頓珍漢振りがここに来て判ったようでありますし。
「で、社長と土師尾常務の待遇の変更に関して、相当の流血を要求されている我々には、あくまでも内緒にすると云うお心算ですか?」
 均目さんが社長の口元を見ながら訊くのでありました。
「まあ、私としては勿論、君達に大変な事をお願いするんだから、けじめとしてそれ相応の処置をこちらとしても蒙る心算ではいるよ」
「具体的にはどんな事ですか?」
 袁満さんが身を乗り出すのでありました。
「僕の役員報酬を向う一年間半額とする心算だ」
「ほう、半額ですか。立ち入った事になりますが、それはお幾らになるんですか?」
「ええと、まあ、月額で五十万くらいになるかな」
 社長はそう云って甲斐計子女史を見るのでありました。つまり甲斐計子女史は職務上社長の報酬を知っているのでありましょうから、それを確認する心算で、或いは自分の云う数字の信憑性を甲斐計子女史に担保して貰おうと云う狙いからでありますか。思わぬところで社長に目を向けられた甲斐計子女史は狼狽を見せるのでありました。
(続)
nice!(13)  コメント(0) 

nice! 13

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。