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あなたのとりこ 602 [あなたのとりこ 21 創作]

 喧嘩両成敗は仲裁とその後の手打ちの鉄則でありますから、勿論社長は那間裕子女史に対しても苦言を呈するのでありました。
「土師尾君のように一々喧嘩腰になっていたら話がちっとも前に進まないよ。それに那間君にしても、もう少し上司に対して弁えたもの云いをすべきじゃないのかね」
 社長にそう云われて一応は社長の顔を立てる心算か、那間裕子女史はちょろっと舌を出してから苦笑いして嘴を噤むのでありました。それに比べて土師尾常務の方は苦虫を噛み潰したような表情で、未だ何事か云いたそうに口をモグモグと動かすのでありました。この対比はまあ、一連のこの二人の遣り取りに於ける両者の気持ちの余裕の度合いを表しているのでありましょう。那間裕子女史の方が土師尾常務よりも、人の悪さとか抜け目なさとか性根の座り具合なんぞの点に於いて、一枚上手と云う判定になるでありましょうか。

 均目さんが社長の顔を凝視しながら云うのでありました。
「人員整理とか我々の待遇改悪と云う事を社長が対策としてお考えだと云うのは、勿論納得出来ませんが一応お伺いしました。その上でお訊きしますけど、こちらとして到底受け入れ難いそのような事を受け入れさせようと云う訳ですから、当然社長や常務の待遇と云う点に於いても、従業員以上に厳しいご処断をされるお心算があるんでしょうね?」
「我々だけに苦渋を嘗めさせてそれで済ます心算じゃあ、勿論ないですよね?」
 袁満さんも続くのでありました。
「どうせまた自分に好都合な事ばかり考えて、こちらには到って厳しく、自分達には甘々に事を収めようとしているんじゃないでしょうね」
 那間裕子女史も懐疑的な目を社長に向けるのでありました。
「それは敢えてここで、君達に態々云う必要なんかないだろう」
 土師尾常務が社長に代わって不機嫌な顔でこの三人の顔を見渡しながら無愛想に云うのでありました。「今日の話題はあくまでも従業員のこれから先の待遇の事なんだから」
「そんな一方的で、手前勝手な理屈がありますか!」
 袁満さんが声を荒げるのでありました。「これ迄の経営的責任を取って、社長と常務がその責任に見合うだけ身を切る心算でいるんだから、従業員も相応に痛みを分かち合ってくれないか、と頼むのが本来の筋と云うものじゃないですか」
「何を偉そうに袁満君は云っているんだ!」
 土師尾常務も負けないように声の調子を刺々しくするのでありました。「抑々経営責任なんかじゃなくて、君達の社員としての無責任と無気力と無能振りがこういう結果を招いたと云う点が、さっぱり判っていないようだな、袁満君は」
「ほう、それじゃあ経営責任と云うのは一切無いと云う認識ですか?」
 均目さんが皮肉な笑いを湛えて訊き質すのでありました。
「一切、とは云わないよ。つまり君達の怠惰な働きぶりをきちんと指導矯正出来なかったと云う責任は、深刻に反省しているよ」
 この土師尾常務の言に那間裕子女史が吹き出すのでありました。
(続)
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