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あなたのとりこ 601 [あなたのとりこ 21 創作]

「無礼とかじゃなくて、正にズバリ、でしょう?」
 那間裕子女史が益々からかいの色を増した笑みを浮かべるのでありました。「ここに居る皆は、そんな事くらい昔からとっくにお見通しよ」
 この那間裕子女史の言に袁満さんと均目さんが同調して小さな笑い声を立てるのでありました。釣られて頑治さんも思わず笑おうとするのでありましたが、どう云うものか既のところで頬が動くのを抑えるのでありました。先程土師尾常務からこの会社で最も無用な社員とはっきり名指しされたようなものでありますから、その意趣返しと云う点からも、別に敢えて笑いを堪える必要はなかったかなと、堪えた後で思うのでありました。甲斐計子女史と日比課長も、ここで危うく失笑するのを堪えて無表情を貫くのでありました。
「それが目上の者であり上司に対する口の利き方か!」
 例に依って例の如く土師尾常務は激昂のご様子ではありますが、もう那間裕子女史にも袁満さんにも均目さんにも、その手は利かないのでありました。
「皆の心服をかち得た上でそんな事を云うのなら、それは皆も尊重もするし納得もするけど、単に短慮と勝手な目上意識だけで怒鳴り散らすような手合いは、相手にするのも億劫と云うものですね。何様の心算でいるのかと、軽蔑されるのがオチじゃないですかね」
 均目さんは余裕綽々と云った物腰で、ニヤけた顔付きをして云うのでありました。袁満さんもこの均目さんの言に賛同の笑い声を立てるのでありました。
「好い加減、その怒りん坊さんの作り顔も見厭きたし、その迫力不足の怒鳴り声も聞き厭きたわ。何か他の気の利いた芸はないのかしら」
 那間裕子女史は憫笑を湛えてはいるけれど、しかしながら、なかなかに土師尾常務如きでは及びもつかないような迫力のある、決して笑って等いない鋭い眼容を土師尾常務に投げ付けるのでありました。そうしてその目を今度はゆっくりと頑治さんに向けるのでありました。多分お前も何か云ってやれ、と要求しているのでありましょう。
 頑治さんは大いにたじろぐのではありました。しかしこの土師尾常務攻撃の急先鋒たる三人に比べて、自分は見事に一歩も二歩も出遅れたと云うような思いがあって、おいそれと那間裕子女史の指嗾に乗って土師尾常務攻撃に加わるのは、どことなく躊躇いがあるのでありました。何やらそれでは単なる浮ついたお調子者ではありませんか。
「何だ、その云い草は!」
 土師尾常務としては自分を堪忍出来ないくらい軽々しく扱う那間裕子女史に対して、精一杯の憤怒を表するのでありました。多分その内心の心臓のはち切れそうなおどおど感は別にして、ここは自尊心から引くに引けないころでありますか。
「話しの内容じゃなくて、言葉遣いとかにしかイチャモンをつけられないところも、もううんざりするくらいこれ迄に何度となく見せて貰ったわね」
 那間裕子女史には土師尾常務の怒りなど屁の河童と云うところでありましょうか、全く歯牙にもかけないような素振りであります。
「土師尾君、好い加減にしないか」
 社長が先ず土師尾常務を窘めるのでありました。「それに那間君も云い過ぎだ」
(続)
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