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あなたのとりこ 591 [あなたのとりこ 20 創作]

「それもありますけど、他にもあれこれと・・・」
「ほう、何も報告は受けていないけど、他にもあるのかい?」
 土師尾常務は端から信用なんぞしていないと云った風に、眼鏡の奥の目に侮りの笑いを浮かべて口の端を歪めて見せるのでありました。
「まあ、未だ報告する迄煮詰まっていないですけれど。・・・」
 日比課長は弱々しく且つ多少の悔しさを滲ませて語尾を収めるのでありました。
「実現する可能性は限りなく小さいと云う事だろう、要するに」
 土師尾常務は聞えよがしに鼻を鳴らすのでありました。
「そんな事を云うなら、常務のその大口の見積もりとやらにしたって、未だちゃんと本決まりしたと云う訳じゃないんじゃないですか?」
 袁満さんが日比課長に助け舟を出そうとしてか口を挟むのでありました。
「それはそうだが、日比君の話しとは元々確度が違う」
 土師尾常務は如何にも心外、と云った風に眉根を寄せて口をへの字に曲げて、袁満さんを不愉快そうに睨むのでありました。「そんな事を云うのなら、袁満君の地方出張営業を現地の代理店に任せると云う仕事は、ちゃんと捗っているんだろうな?」
「鋭意努力していますよ」
 袁満さんは無愛想に云って土師尾常務の顔から目を逸らすのでありました。
「前から袁満君が担当していた旅館とかお土産屋とかには、最近でもちょくちょく商品を送ってはいるようだけど、それも前と比べれば随分分量は落ち込んでいるし、出雲君が担当していたところなんかはさっぱり売り上げが上がっていないし、それどころか取引自体が全くなくなっているところもあるようだが、それはどうしてなんだ?」
「それはちゃんとこちらが出向いて、直接得意先と遣り取りしている頃のきめ細かさが無いから、売り上げはどうしても落ちて行きますよ」
「いや、袁満君の遣り方が的を射ていないんじゃないのか?」
「こっちだって一生懸命やっていますよ」
 袁満さんは声を荒げるのでありました。
「出雲さんが辞めた後に人員補填もしないで、袁満さんの出張に対しても好い顔をしなくなって、経費をケチって営業の遣り方をきっぱり変えろと指示してみたり、地方出張営業がじり貧になるのは、土師尾常務も始めから織り込み済みだったんでしょう?」
 ここで土師尾常務のあまりに一方的な云い草に遂に癇癪を起したようで、那間裕子女史が露骨に敵意を剥き出してしゃしゃり出てくるのでありました。
「のほほんと観光旅行気分で出張営業に行っても、会社にとって何のメリットもない」
「のほほんと観光気分で出張に行っていたと思っていたんですか、今迄!」
 袁満さんは激昂して思わずと云った感じで立ち上がるのでありました。立ち上がった袁満さんはこれ以上出来ないと云ったくらい目を剥きだして、今迄頑治さんが見た事がない程の、これぞまさに典型的、と云った具合の鬼の形相で土師尾常務を睨み下ろすのでありました。両の拳が、込められた力に依ってわなわなと震えているのでありました。
(続)
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