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あなたのとりこ 590 [あなたのとりこ 20 創作]

「こんな紙一枚を急に出してきて、それであたし達を丸め込もうとしても、それは余りに虫の好い算段と云うものじゃないかしら」
 那間裕子女史は土師尾常務を睨み付けるのでありました。土師尾常務は苦手意識から竟その眼光に少しの怯みを見せるのでありましたが、ここで怖じている訳にはいかないと自分を励まして、那間裕子女史と同じ程度に目を怒らせるのでありました。しかしおどおどするのを恐れてか言葉は何も発しないのでありました。
「この会計報告を、那間君は信用出来ないとでも云うのかね?」
 社長も那間裕子女史のこの発言を実に不謹慎で忌々しいものだと感じたようで、眉根を寄せて細めた瞼の奥の眼容を如何にも鋭くして女史を睨むのでありました。まあ、気の強い那間裕子女史にその程度の怒りの表出が通用する筈もなく、女史の社長を見る目に可愛気の宿る余地は全く以ってないと云うものでありましたが。
「この紙に書いてある数字の根拠なり信憑性を示しもしないで、頭ごなしに信用しろと云われても、それは無理に決まっているじゃないですか」
 那間裕子女史は全く無愛想な口調で云ってそっぽを向くのでありました。
「那間君は製作の方しか知らないから、その程度の認識しかないのも無理もないかも知れないが、営業の日比君なら、この数字の信憑性はちゃんと理解出来るよなあ?」
 社長は日比課長の顔を見るのでありました。
「ええ、まあ、・・・」
 いきなりここで名指しさた日比課長は、目を上下左右に揺動させながら如何にも曖昧に応えるのでありました。
「日頃から営業回りをしているんだから、ここのところの売り上げ不振の実情なんかは、身を以って思い知っているだろう?」
「確かに前程の売り上げは、ずっとないように感じますけどねえ」
 日墓課長の応答に土師尾常務が聞えよがしに鼻を鳴らして見せるのでありました。
「日比君の営業成績が、このところさっぱり芳しくないのはちゃんと自覚している筈だろう。それなのにそんなあやふやな応えしかしないのはどうしてなんだろう?」
「それは確かにここ最近捗々しい数字が稼げていないのは認めますよ。でもそんな事を云うなら、常務だって大した数字は出せていないんじゃないですか?」
 日比課長は不愉快そうに返すのでありましたが、土師尾常務の指摘に多少ばつが悪いところもあるせいかそっぽを向いた儘でありました。
「それは僕だってなかなか思うような数字があげられない。でも大口の見積もりを幾つか請われていて、今はそれの回答待ちと云ったところだ。尤も自社製品ではなく他社製品での見積もりだから、利益はそんなに上げられないが」
「見積もりなら、私だって何社かに出してありますよ」
 日比課長は口を尖らせて土師尾常務を反抗的な目で見るのでありましたが、すぐに視線を逸らせて仕舞うのは那間裕子女史に対する土師尾常務と同じ心根からでありますか。
「あの、この前報告を受けた少部数の実用書の名入れとかの事かい?」
(続)
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