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あなたのとりこ 584 [あなたのとりこ 20 創作]

 それは一体どんな那間裕子女史の思いから来た行動なのでありましょうか。まあ、様々な詮索やら手前味噌な想像は働くのではありますが、しかしそれは取り敢えず面倒を回避するために知らん振りを決め込んで、さらっと脇に避けておくに如くはない思案であると頑治さんは思うのでありました。まあ、要は一種の遁走でありますけれど。
 均目さんがここで高く付くタクシー代と云う痛い出費も顧みず、那間裕子女史を連れてコーヒーを飲み終えたら是が非でも帰ると云い張るのは、つまり頑治さんを自分と那間裕子女史の間から綺麗さっぱり排除したいと云う意図が明快にあるためでもありますか。那間裕子女史の身に関しては自分だけに決定権と全責任があるのであり、頑治さんの容喙する余地は全くないと云うところをはっきりさせたいが故の態度表明であります。
 頑治さんとしてはそれはそれで、面倒回避の魂胆からも尊重するに全く吝かではない均目さんの態度でありました。夕美さんの手前、と云うのか夕美さんへの忠義の証と云う点に於いても、均目さんのこの行動は大いに歓迎すべきものでもあります。
 コーヒーを飲み干した均目さんは横たわる那間裕子女史に目を落として、ごく小さくではあるけれど溜息を吐くのでありました。それから不可能だろう事は承知の上で、那間裕子女史の覚醒を期待してその体を少し強めに揺さぶるのでありました。
「ねえ、起きてくれよ」
 そんな均目さんの声掛けに対して那間裕子女史は慎につれなく、微動だにしないのでありました。均目さんはもう数度那間裕子女史の体を揺するのでありました。
「何ならハイヤーを呼ぼうか?」
 均目さんの徒労を見兼ねて頑治さんが訊くのでありました。
「いや、大通り迄出るとタクシーが掴まるだろう」
 頑治さんの申し出にそう返して、均目さんは未だ那間裕子女史への揺さぶりを止めないのでありました。何とか薄っすらでも意識を取り戻してくれれば、脇を支えて大通り迄歩かせる事が出来るかも知れませんが、昏睡した儘なら、抱き上げて運ぶしかないでありましょう。それは全く以ってげんなりと云うものでありましょうか。
 均目さんは那間裕子女史を覚醒させる事を諦めたのかその腕を取って自分の肩に回し、もう片方の腕を女史の腰に回して女史を何とか引き起こそうとするのでありました。すっかり意識も力も抜けきった那間裕子女史の体は重く、グニャリと支えどころなく柔らかくて、如何にも扱い難そうでありますが、しかし頑治さんが手助けすると云うのはどこか憚られるのでありました。ここは均目さんの独壇場でなければならない筈であります。
 均目さんが何とか那間裕子女史を起き上がらせて殆ど自分の肩にその全身を支えると、那間裕子女史が垂れていた頭をぐらりと揺らすように少し起こすのでありました。それから小さく不快気な呻き声を上げるのでありました。
「起きたの?」
 均目さんが声を掛けると那間裕子女史は片目を薄く開いて、またすぐにその目を閉じるのでありました。起きたと云う訳ではなく、まあ、不如意に起き上がらされたことが心外で、反応として無意識に薄目を開いただけなのでありましょう。
(続)
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