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あなたのとりこ 583 [あなたのとりこ 20 創作]

「知ったこっちゃないと不貞腐れないだけ、未だ俺にも救いがあると云う訳か」
 均目さんはそう云って自嘲的になのか、或いはひょっとして頑治さんの、殊勝ではあるか、と云う評価を冷笑する心算でか、歪んだ笑いを頬に刻むのでありました。
「余計な事かも知れないけど、那間さんを那間さんの家に送り届ける心算かな?」
「いや、取り敢えず俺の家に連れて帰るよ。その方が手間が少ないだろうから」
「均目君のアパートは調布の仙川だったっけ?」
「まあ最寄り駅は仙川だけど、住所は世田谷区の上祖師谷だよ」
「タクシーで帰る心算かな?」
「それしかないだろうからね」
 均目さんはそう云って苦笑うのでありました。
「ここからはかなりの距離だなあ」
 頑治さんはタクシーの代金の事を気の毒に思うのでありました。均目さんにすれば思ってもみなかった散財、と云う事態でありましょうから。
「若し負担なら、始発電車が動き出すまでここで過ごしていても、俺は構わないぜ」
「いや、酔いつぶれた那間さんを運ぶのは、まあ、慣れているから、折角だけどこのコーヒーを飲み終えたらタクシーで帰るよ」
 どう云う考えからかは確とは判らないけれど、均目さんはそう云って頑治さんの申し出をきっぱり断るのでありました。ここに居続けるのも頑治さんに対して何やら気まずいと云う気持ちもあるだろうし、これ以上自分と那間さんの事で頑治さんに世話は掛けられないと云う、生真面目な遠慮からでもあるでありましょうか。
「どうしても帰ると云うのなら、それはそれで構わないけどね」
 頑治さんは自分の厚意を無にされたと云う不快感は全く無いのでありましたが、何となく云い方に、取りように依ってはそれが滲み出ているかのように受け取られるかも知れないと恐れるのでありました。若しそうならそれは慎に不本意ではありましたから。
 ところでしかし、那間裕子女史はどうして均目さんとの喧嘩の後で、頑治さんのアパートに態々やって来たのでありましょう。しかもほとんどへべれけに酔い潰れて前後不覚の状態で。女史の何が、そう云う行動を導いたのでありましょう。
 これは屹度均目さんの抱いた疑問でもありましょう。どうして頑治さんがここで俄かに二人の間に登場してくるのか、と云うのは一種の苦さに包まれた疑問と云うものでありましょうか。頑治さんからの突然の電話がある迄、那間裕子女史と均目さんの仲に頑治さんの登場する余地なんかは、殆どないものであった筈でありましょう。
 例え多少の気持ちの行き違いが起きる場合もあったとしても、那間裕子女史の気持ちが均目さん以外の男にも向かうとは、均目さんは屹度考えてもいなかったでありましょう。そこは恐らく那間裕子女史を信頼していたでありましょうし、あのプライド高い那間裕子女史に選ばれた男として、自信も恍惚れも多分に持っていたでありましょう。
 であるのに酔った那間裕子女史は均目さんではなく、頑治さんに一場の救いを求めたのであります。これは単なる当て擦りと云うだけではなさそうな気配であります。
(続)
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