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あなたのとりこ 585 [あなたのとりこ 20 創作]

 頑治さんは那間裕子女史を背負った均目さんと一緒に通りに出るのでありました。が、那間裕子女史の介抱は均目さんに任せて頑治さんは全く手を出さないのでありました。
 夜中の街はすっかり人気が失せていて、本郷通りを行き交う車の通りも至って疎らでありました。那間裕子女史を背負った均目さんと頑治さんは、大通りを偶に通りかかる空車のタクシーを目当てに無言で目を前の道路に釘付けているのでありました。
「大概は客を乗せているタクシーばかりで、なかなか空車が見つからないなあ」
 頑治さんが声を掛けると均目さんは頷くのでありました。それから背負っている那間裕子女史が背中を滑り落ちないように、全身で少し跳ね上がるような仕草をして女史の体を抱え直すのでありました。眠っている女子の体はさぞや重たかろうと頑治さんは均目さんを気の毒に思うのでありましたが、ま、手出しは決してしないのでありました。
 ようやく一台、頑治さんと均目さんは同時に駒込方面へ向かう空車のタクシーを発見するのでありました。均目さんの両手がふさがっているものだから、頑治さんが少し大仰にそのタクシーに向かって手を挙げるのでありました。若そうな男二人連れでしかもその内の一人は背に女性を負ぶっているものでありますから、タクシーの運転手が胡散臭く思っておいそれと止まってくれないのではないかと、頑治さんは冷や々々するのでありましたが、均目さんと頑治さんの目の前にタクシーはゆるゆると停車するのでありました。
 ドアが開くと均目さんは先ず那間裕子女史を奥に押し込めるのでありました。何となくぞんざいな押し込めようであるのは、タクシーが来る迄の間背負っていた那間裕子女史の体の重さを、ほとほと持て余していたからでありましょうか。
 後に続いて均目さん自身が乗り込むと、すぐに閉まろうとするドアを手でつっかい棒に遮って車内から均目さんが脇に立つ頑治さんを見上げるのでありました。
「何だかあれこれ世話を掛けて悪かったなあ」
「いやまあ、均目君がそんなに気に病まなくても良いよ。このすったもんだは、云ってみれば思いがけない事故みたいなもの、・・・だから」
頑治さんが特に笑いも添えずにそう云うと均目さんは思わず、と云った感じで口の端を笑いに動かすのでありましたが、別に何も言葉は返さないのでありました。
 均目さんがつっかい棒の手を離すと、ドアは待っていましたとばかりすぐに閉まるのでありました。未だドアが閉まり切らないくらいのタイミングで、タクシーはいやに焦って動き始めるのでありました。このがさつさは真夜中に不審な男女を拾う羽目になった運転手の不愉快の無言の表明であろうかと、頑治さんは思うともなく思うのでありました。

   夫々の思惑

 二回目の全体会議に於いても社長と土師尾常務の態度てえものは全く変わらないのでありました。会議の皮切りに於いて一回目のそれよりも寧ろ、脅し半分ではありましょうが会社解散の意をより強く仄めかすような風でありましたか。その挨拶代わりみたいな脅しの後に、早速土師尾常務による那間裕子女史への攻撃が開始されるのでありました。
(続)
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