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あなたのとりこ 570 [あなたのとりこ 19 創作]

「しかし土師尾常務の言に変なところを感じたから、こうして那間さん本人に会議の前に予め話しをしている訳でもありますから」
 頑治さんがここでは不要ではあろうけれど、一応袁満さんを庇うのでありました。
「ま、そこには感謝するわ」
 那間裕子女史はそれ程恩に着ている風でもない無表情な顔付きながらも、一応の礼儀からか袁満さんの計らいに小さくお辞儀しながら謝意を表すのでありました。
「ひょっとしたら近々、この前の唐目君の場合と同じように、あたしが土師尾さんに喫茶店に同行を求められる事があるかも知れないわね」
 那間裕子女史はそう云ってグラスを口元に運ぶのでありました。「そうなったら丁度良いからあたしの方も、土師尾さんに対する批評をうんとぶち撒けてあげようかしらね」
 袁満さんはこの言が本気なのか冗談なのか俄かには判断出来ないようで、ちょっと怯んだような表情を見せるのでありました。屹度那間裕子女史なら対抗上咄嗟に、土師尾常務に大変な剣幕で食って掛かると云う図も慎にリアルに想像出来るのであります。
 確かに那間裕子女史なら、頑治さんがしたように抑制的に不快感を表して、予めの組合の申し合わせに依るとして土師尾常務の依頼を柔らかながらきっぱり拒絶する、なんと云う応対は先ず考えられないと云うものでありましょう。あの自尊心の強い女史でありますから、特段の仕事上のミスも落度も無いのに、会社を辞めてくれないかと云われて激昂しないで居られる筈がないのであります。まあ、朝寝坊の件はこの際脇に置くとして。
「その場で土師尾常務批判を展開するのですか?」
「まあ、土師尾さんの出方に依ってはね」
 那間裕子女史は袁満さんに思わせぶりに笑んで見せるのでありました。
「若し、そう云う事になった場合は、興奮に任せてその場で勝手に、と云うか自分だけの判断で変な返答なんかしないで、一応持ち帰って組合の方に相談してくださいね」
 袁満さんが、勝手に、と云うのを、自分だけの判断で、とかちょっと丸めた感じに云い直すのは、土師尾常務の言に堪忍袋の緒を切らす前に、自分の今の言に激昂されては困ると云う忌憚の表れでありますか。頑治さんもその弱気は、まあ、理解出来ますけれど。
「心配しなくても大丈夫よ、多分」
 那間裕子女史はここも思わせぶりに笑むのでありました。「こうしてあたしが辞職勧告のターゲットになっていると云う事を予め聞いていたら、この先予見出来る土師尾さんとの遣り取りにも冷静に対処する事も出来ると思うわ、恐らく、ね」
「恐らく、ですか?」
 袁満さんはこの那間裕子女史の云い様に不安を見せるのでありました。
「まあ、恐らく、よ」
 那間裕子女史は袁満さんをからかうような笑みを頬に浮かべるのでありました。

 その日の深夜、もう既に日を跨いだ時間になってから突然電話が鳴るのでありました。未だ寝てはいなかったので頑治さんはすぐに受話器を取るのでありました。
(続)
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