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あなたのとりこ 569 [あなたのとりこ 19 創作]

「俺は那間さんが怠慢であるとか傲慢であるとかの土師尾常務の批判には、全く同意しませんし、それが那間さんを辞めさせる理由となるとも断固として思いません」
 袁満さんは決然として宣するのでありました。
「でもその場でそう云わなかったから、土師尾常務は全従業員を代表する形で袁満君も、強弱は別にして、自分と同じ考えを持っていると無理にも判断したと思うわよ」
「それは強引な誤解と云う事じゃないですか」
「そう云う自分勝手な誤解を得意とする人じゃないの、あの土師尾さんと云う人は?」
 そう詰め寄られて袁満さんは不本意ながら二の句が継げないのでありました。
「那間さんに辞意を迫るのが土師尾常務の次ぎの目論見だとして、それは明日にでも那間さんに直接告げる心算なのか、それとも今度の全体会議で社長や全従業員の前で電撃的に提起する心算なのか、その辺は袁満さんはどう考えますかね?」
 頑治さんが自分の前に置かれたグラスを触りながら訊くのでありました。
「土師尾常務は那間さんを、女性でもあるし、少し苦手にしているところがあるから、直接那間さんに差し向かいで云う事はしないんじゃないかな」
「では全体会議で、と云う事になるのですか?」
「その方が他の者にも衝撃度が大きい、とか考えているんじゃないかな」
「でもそれは著しく穏当ではないし、下手をすれば紛糾して従業員との仲が決定的に悪化すると云うくらいは、幾ら土師尾常務が頓珍漢な人でも容易に想像出来るでしょう。そうなったら会議は紛糾して、土師尾常務や社長が避けようとしていたのに、結局社内の会議では収まらずに労働問題化して、全総連の介入を許す事になるんじゃないですかね」
「確かにそのくらいは誰でも判るわよね」
 自分に対する理不尽であり、尚且つ不当に辱めるようなシチュエーションでの攻撃が予想出来ると云うのに、那間裕子女史が案外冷静な語調で口を挟むのでありました。
「それに土師尾常務には全総連介入以前に、全体会議の場で従業員全員を向うに回して、本気で怒りを態と買う程の度胸はないと思いますよ。勿論社長にも」
「それはそうだけど。・・・」
 袁満さんは考え込むのでありました。
「でも話し合いのどこかのタイミングで急に逆上して、後先を考えられなくなって、意図的じゃなくうっかり人の感情を逆撫でして仕舞うところはあるしねえ、あの人には」
 那間裕子女史がモスコミールを一口飲んでからそうも云うのでありました。まあ確かにその危険も、まあまあ排除は出来ないかもと頑治さんは考えるのでありました。
「要するに袁満君があたしの事を、口を極めて腐す土師尾さんの本意が何処に在るかを、その場でちゃんと問わなかったのが不味かったと云う事ね」
 これも別に激したところもない那間裕子女史の云い様でありました。しかし袁満さんは自分の落ち度を那間裕子女史に厳しく指弾されたと解したようで、抗弁したそうな表情はするものの、しかし土師尾常務と同じでこちらも那間裕子女史に対してどこか苦手意識があるものだから、無念そうに口を噤んで俯いて仕舞うのでありました。
(続)
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