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あなたのとりこ 567 [あなたのとりこ 19 創作]

「それは拙いなあ」
 袁満さんは尚一層表情を引き攣らせるのでありました。
「土師尾常務の事ですから、そのくらいの欺瞞は平気で遣りかねないですよ」
「もしそうなったら本当に拙いから、今の内に手を打っておかないと」
 袁満さんは視線を頑治さんから宙に移して、腕組みしたりそれを解いたりしながら、俄かにそわそわと落ち着き無く、気持ちの動揺を体の外に表出し始めるのでありました。

 その日の内に頑治さんは那間裕子女史を仕事が跳ねた後で、件の新宿の洋風居酒屋に誘うのでありました。那間裕子女史はおいそれと諾の返事をするのでありましたが、その席には袁満さんも一緒に加わると付け足すと、ほんの少しだけながら眉宇を曇らしたのを頑治さんは認めるのでありました。ちょっと意外であったのでありましょうか。
「袁満君とここで飲むのは初めてかしら」
 洋風居酒屋の奥まったボックス席に三人で座ると、那間裕子女史は袁満さんに話し掛けるのでありました。この時は那間裕子女史と頑治さんが並んで座って、袁満さんが一人向かいの席に着いたのでありましたが、これは本来であれば均目さんが頑治さんの席に、頑治さんがこの折の袁満さんの席に着くという事になるのでありましたか。
「そうですね。ここは一度も来た事がなかったかな」
 袁満さんはそう云いながら少しもの珍しそうに、店のあちらこちらに視線を投げているのでありました。「この近くに在る、ここと同じような内装と雰囲気の店には、前に確か一度だけ行った事があったように思うけど」
「ああ、確か寄席の末廣亭近くの、エルザ館と云う酒場じゃないですかね」
 頑治さんが云うと袁満さんは頷くのでありました。
「そうそう、その時は日比さんと唐目君とで来たんだっけかなあ」
「確かそうでしたね。会社の宴会か終わった後の流れだったか何かで」
 頑治さんは袁満さんとエルザ館で飲んだ記憶はあるのでありましたが、どう云う経緯でそこで飲む事になったのかはもうすっかり忘れているのでありました。
「ところで何の話しで、袁満君と唐目君があたしをここに誘ったのかしら?」
 那間裕子女史は横の頑治さんにではなく、向かいの席に座る袁満さんに一直線に視線を向けて首を傾げて見せるのでありました。
「今日俺は土師尾常務に誘われて、二人で喫茶店に行ったのは知っていますよね?」
 袁満さんが何となく緊張した風情を見せながら語り出すのでありました。
「ううん知らないわ。営業の方の気配はあんまり気にしないし、漏れてくる声にも、余程の大声とか只ならぬ感じだったりする時以外は、それ程注意もしていないから」
 那間裕子女史はすげなく掌を横に振るのでありました。
「ああそうですか」
 袁満さんはちょっと調子が狂ったように一つ納得の頷きをするのでありました。
「まあ兎に角、土師尾常務と喫茶店で二人で話しをすることになったんですよ」
(続)
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