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あなたのとりこ 563 [あなたのとりこ 19 創作]

「袁満君と何を話していたの?」
 那間裕子女史が改めて頑治さんに訊くのでありました。
「いやまあ、特段の事は何も話さなかったんですが、昼から外に出掛ける用でもあるかと何となく訊かれたので、二時から配達に出掛けると応えただけですよ」
「偶々出くわして、単なる挨拶みたいな言葉の遣り取りをしただけって事?」
「まあそんな感じです。でも、袁満さんは何か用があって出て来たのだろうけど、那間さんの顔を見たら急にそわそわとまた事務所に引っ込んだのは、少し妙ですけど」
「ふうん。あたしに対して何か秘かに疚しい事でもあるものだから、用事も放ったらかしにして慌てて引っ込んじゃったのかしら」
「心当たりの事とか、ありませんかね?」
「取り立てて何も無いわね」
 那間裕子女史は少し考える風の表情をするのでありました。
「何となく袁満さんの今の様子は、ちょっと引っ掛かりはしますかねえ」
「でもまあ、別にどうでも良いけど」
 那間裕子女史は大して拘らないように表情を改めるのでありました。「じゃあ、交通会館迄行ってくるわ。このところ会社絡みのゴタゴタ続きでげんなりだから、ちょっと有楽町界隈のバス停チェックも兼ねて、気晴らしにその辺の街歩きでもして来ようかしら」
「まあ、お早いお帰りを」
「大丈夫よ。前にウチの会社に居た業務の刃葉君みたいに、こっそり仕事をサボってブラブラ散歩を楽しもうとか云う気は無いから。用が済んだら早めに帰って来るわ」
「ああそうですか。ではお気を付けて」
 頑治さんは笑って一礼するのでありました。それに那間裕子女史は片手を上げて応えてから、クルリと身を翻して階段を軽やかな足取りで下りて行くのでありました。

 倉庫に下りると早々に袁満さんが遣って来るのでありました。何やら思い余る事があるらしく、表情は冴えないのでありました。
「さっきは油断していたら那間さんが出て来て、まごまごして仕舞ったよ」
 袁満さんは胸に掌を当てるのでありました
「どうして那間さんと出くわすとまごまごするんですか?」
「いやね、唐目君に訊いて置いて貰いたい事と云うのは、その那間さんの事なんだよ」
「土師尾常務との話しの中で、那間さんについて何か云われたのですか?」
「まさにそうだったんだよ。で、那間さんを見てどぎまぎして仕舞ったんだ」
「一体何を云われたんですか?」
 頑治さんはそう云って袁満さんに傍らにあるパイプ椅子への着席を勧め、自分は梱包台代わりの長机から前は上の事務所で使っていた結構な年季物の、多少車輪の動きがギクシャクしている事務椅子を引き出しにくそうに引き出して座るのでありました。
「土師尾常務に依れば、那間さんの仕事態度は色々ずば抜けて問題があるそうなんだ」
(続)
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