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あなたのとりこ 562 [あなたのとりこ 19 創作]

 袁満さんはなかなか戻っては来ないのでありました。土師尾常務と二人だけの話し合いが思いがけず紛糾しているのでありましょうか。二回目の全体会議を目前に控えて、一体全体何を二人で熱心に話していると云うのでありましょう。
 昼休み近くなってから袁満さんは土師尾常務と連れ立って会社に戻って来るのでありました。一時間半程、二人は喫茶店で話していた事になりますか。
 昼休みの終了ギリギリまで頑治さんが神保町のすずらん通り沿いの三省堂書店と冨山房書店、それに東京堂書店を例の如く回って数冊の本を購入して戻って来ると、丁度事務所のドアを押し開けて外に出て来る袁満さんと出くわすのでありました。
「唐目君は、午後はずうっと倉庫に居るのかな?」
 袁満さんは頑治さんの目の前に立ち止まってそう話し掛けるのでありました。
「二時になったら配達に出ますが、それ迄は梱包作業がありますから居ますよ」
「その梱包作業は急いでやらなければならない仕事かな?」
「いやまあ、今日中に発送すれば良い商品の荷造りですから急ぎではありませんよ」
「じゃあ、ちょっと話しがあるんだけど、後で倉庫に行っても良いかな?」
「それは構いませんけど、何の話しですか?」
 頑治さんは袁満さんの顔を覗き込むのでありました。
「うん、まあ、ちょっと唐目君に聞いて置いて貰いたい事があって」
「土師尾常務に何事か云われたんですか?」
「まあ、そうなんだけど」
 袁満さんはそこで眉根を寄せて陰鬱そうな表情をするのでありました。
「袁満さんが即答に困るような提案でもあったんですかね?」
「提案、と云うのではないけど、ちょっと気になる事を云われたんだよ」
「全体会議に関わる事ですか?」
「その件もあるけど、それとは別に、ね」
 袁満さんは腕組みして瞑目しながら徐に首を横に傾けるのでありました。何やら少々思い煩っていると云った風情であります。
 そこに丁度那間裕子女史が事務所の中から出て来るのでありました。昼一番でバス路線案内図修正の資料を貰うために有楽町の交通会館迄行くと云っていたから、そのために外に出て来たのでありましょう。那間裕子女史は扉の外で何やらこそこそと話している頑治さんと袁満さんを見て、怪訝そうな表情をして見せるのでありました。
「こんな処で、二人して何をひそひそ話しているの?」
「ああ、いや、別にひそひそではないですが」
 袁満さんはそう誤魔化すのでありましたが、不意に那間裕子女史の姿を見て、妙に狼狽しているように頑治さんには見えるのでありました。
「それじゃあ、後で」
 袁満さんはあたふたと事務所の中に消えるのでありましたが、頑治さんとの鉢合わせは偶然で、本来袁満さんは別の用で外に出て来たと思われるのでありますが。
(続)
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