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あなたのとりこ 553 [あなたのとりこ 19 創作]

 全体会議のあった次の日にその首尾を聞きたいと云う事で、那間裕子女史は頑治さん一人を仕事が終わった後で新宿の何時もの居酒屋に誘うのでありました。その日那間裕子女史は全体会議を自分一人ボイコットした手前、傍目には何と云う事もなく何時も通りに振る舞っている心算でありましょうが、どことなく居心地悪そうで屈託有り気に軽口も云わないで、必要な事以外は誰とも口を利かないようにしながら過ごすのでありました。
 しかし全体会議がどのように進められたのか、そこで社長と土師尾常務からどのような突拍子も無い話しが出たのか、それに誰がどのような受け応えをしたのか、その辺りは当然ながら大いに気になっていたようでありましたから、それを頑治さんに訊き質す心算で居酒屋に誘ったのでありましょう。朝から会社の中で何となく、誰彼となくつんけんしていたから、その話しを聞き出す相手は頑治さんしかいなかったという事でありますか。
「その辺を狙って、土師尾常務は団交ではなく社内の全体会議と云う形をとろうとしたのでしょうしね。まあ、土師尾常務の思う壺、と云う事になりますかね」
「まんまと術中に嵌った訳ね。ま、肚の中は疾うに知れていたけど」
 那間裕子女史はモスコミールをまた一口飲むのでありました。「疾うに判っていて、それでも態々それに乗って仕舞うんだから、ウチの会社の連中もお人好しと云うのか頓馬と云うのか、策が無いと云うのか頼りないと云うのか。・・・」
「まあ俺も、その頓馬の一人ではありますが」
 頑治さんは頭を掻いて見せるのでありました。
「で、会議の席で唐目君は名指しで会社を辞めてくれって、また乞われたの?」
「いや、殊更俺を標的にするような事はしませんでしたよ」
「じゃあ、甲斐さんはどうだったの?」
「俺が云われないんだから、甲斐さんも当然そんな事を云われませんでしたよ」
「じゃあ、誰か会社を辞めたい人は居ないのかと、手でも挙げさせられたの?」
「そんな具体策に話しを持って行くんではなくて、社長と土師尾常務はこの儘だと年末を待たないで会社を畳む事になるとか、只管脅す事に専念していましたね」
「会社を存続させるためにどうすべきか、とかの話しは何も無かったのね」
「お前達どうする心算だ、とか云うトーンでしたね」
「そう云うのは役員として、全くの無責任と云う以外ないじゃない」
 那間裕子女史はグラスを取り上げて、口元で止めて憤慨するのでありました。
「袁満さんがその点を指摘しましたけどね」
「で、指摘されてあの二人は何と云ったの?」
「社長は会社を畳む方向で検討する心算だと只管鸚鵡のように繰り返すだけだし、土師尾常務は他の対処があるなら従業員側からそれを示せと逆挑発するような始末でした」
「経営として無責任も窮まったわね」
 那間裕子女史は口の中の液体を喉に流し込んだ後鼻を鳴らすのでありました。「袁満君以外誰も、そんな二人の云い草に対して何も云い返さなかったの?」
「そうですね。会社解散と聞いて、皆意気消沈と云った様相でしたか」
(続)
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