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あなたのとりこ 554 [あなたのとりこ 19 創作]

「やれやれ、皆さんやけに殊勝でいらっしゃる事」
 那間裕子女史は憫笑するのでありましたが、さて女史なら、若しボイコットしないでその場にいたとしたらどのような反応をしたでありましょう。社長と土師尾常務の怠慢と無責任に対して、大いに食ってかかったでありましょうか。それとも食ってかかる機を逸して、皆と同様意気消沈してダンマリを決め込んだでありましょうか。
 日頃からの生意気と血気盛んに照らして、一種の義務感のようなものに駆られて、ここは自分が何か云い返さなければと恐らく那間裕子女史は沈黙を破るでありましょう。そういう意味で確かに女史は頼りになる存在でありますか。社長の、会社を清算する心算だと云うと云う恫喝に屈せず、喧嘩腰を貫けるのは女史以外には居ないでありましょう。
「唐目君も何も云い返す事はしなかったの?」
 那間裕子女史は頑治さんの顔を覗き込むのでありました。
「そうですね」
 頑治さんはちょっと恥じ入るような笑いをして見せるのでありました。
「唐目君は最初に馘首するターゲットにされたんだからここは、黙っていればいい気になりやがって、とか何とか声を荒げて怒りを爆発させても良い場面じゃない?」
「結局、俺が会社を辞めれば、当面は何とか会社消滅の危機は凌げるのかしらとか、そんな事を考えていましたね。それで他の人の首が繋がるのなら、ま、仕方が無いかと」
「諦めが早いのね」
 那間裕子女史は半眼になって、その頑治さんの考えには大いに批判的であるような視線を投げて寄越すのでありました。「それとも唐目君は面倒臭がり屋さんなのかしら」
「万事に面倒臭がりの傾向は。確かにありますね」
 頑治さんはジンフィズを一口飲むのでありました。
「駄目よ、会社を辞めちゃ」
 那間裕子女史の口調ははっきりしていると同時にどこか懇願調でもありましたか。「唐目君が辞めれば会社の中であたしが魅力を感じるような人は誰も居なくなっちゃうわ」
「まあ、そんな事も全然ないでしょうけど」
 頑治さんはそう云って女史の言葉を否定した直後に、ひょっとしたら自分はこの場面に於いて、あまりに無造作で無神経で、鈍くて頓珍漢な言葉を今ここで返したのではないかしらとふと思うのでありました。会話中の返答の言葉としての妥当性と云うだけではなく、那間裕子女史の思わず吐露したようなしないような心根に対しても。・・・

 袁満さんが社長の言に思わず息を飲んで、次の句が告げなくなった様子であるのを見てから、均目さんが代わりに受け答えするのでありました。
「つまり社長は、会社がどん詰まりの窮地に陥る前に会社を解散させた方が良いと、今そう云うような提案をされたと受け取って良いんですね?」
「まあ、未だ多少の余力のある内にそう決断した方が、辞めていく皆さんにも少しは手厚く出来るだろうから、より良い方策じゃないかとは考えているよ」
(続)
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