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あなたのとりこ 543 [あなたのとりこ 19 創作]

「能力の無い人間が、妙な自信と思い違いから自分の器量以上の役割を担おうとすると、決まって破綻するのがオチね。それは寧ろ滑稽と云うものよ」
 那間裕子女史はスクリュードライバーを一気にグラス半分くらいの量口に含んで、頬を幾らか膨らませるのでありました。
「しかし片久那制作部長が居なくなって、その仕事を代わって担う事になった均目君がそのような役割意識を持つのも、あながち不自然でもないと思いますけど」
「己の限界をちゃんと知っていれば、そんな不遜で無謀な考えは持たない筈よ」
「それはあまりに、均目君を見縊っているんじゃないですかね」
 頑治さんは成り行きから、何やらここで均目さんの肩を持つような役割になっているのでありましたが、考えてみれば、片久那制作部長との密約を秘めている均目さんを弁護する謂れは何も無いというものでありましょう。寧ろ、適当なところで会社を出て行く心算の均目さんを擁護するなんと云うのは、心外な事だとも云えるのであります。
「もう、あたしも会社を辞めようかな」
 那間裕子女史は捨て鉢に云って、これまた一気にグラスの残り半分のスクリュードライバーを口内に流し込むのでありました。これはなかなかのハイピッチであると、頑治さんは那間裕子女史に覚られないように、内心冷や々々とするのでありました。未だ店に来て一杯目ではありますけれど、適当な頃合いでこの酒宴を切上げないと、後々面倒な事になりそうな気配であります。頑治さんは自分のジンフィズを一口嘗めるのでありました。
「那間さん迄辞めるとなると、会社が瓦解する一歩手前と云う感じになりますね」
「でもここに至ったらあたしの存在なんか、会社にとって殆どどうでも良いんじゃないかしら。出張営業は無くなったし、特注営業でも他社製品への依存が増えて自社製品の製作は減っているし、だから均目君と唐目君が居れば当面どうにかなるだろうし」
「俺はもう、制作の方の仕事は何もしていませんよ」
「でもあたしが居なくなれば、制作の仕事もせざるを得ないでしょう。多分均目君だけでは手が回らないから、均目君が土師尾常務に唐目君の製作仕事復帰を願い出るわよ」
「ひょっとしたら土師尾常務はこの儘他社製品の依存度を高めて、均目君一人でも何とか制作部を回していけるような業態を、秘かに企んでいるかも知れませんよ」
 こう云う事を云うと自分の意に反して、那間裕子女史の慰留には全くならないではないかかと、頑治さんはうっかり口を滑らせた事を云った後で悔やむのでありました。
「だったら余計、あたしは会社に必要の無い人間と云う事でしょう」
 当然、那間裕子女史はそう云うに決まっている事を口の上にのぼせるのでありました。そうら云わんこっちゃない、であります。
「そう云えば前に袁満さんが、日比課長と均目君だけを会社に残して、俺と那間さんと袁満さん、それに甲斐さんを馘首にする心算なんじゃないか、とか云っていましたねえ」
 嗚呼、これもここであっけらかんと云う必要の無い頓馬な言でありますか。
「それは案外当たっているかも知れないわね」
 那間裕子女史は頷くのでありました。
(続)
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