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あなたのとりこ 544 [あなたのとりこ 19 創作]

「まあ、ひょっとしたらそう云う風に、社長としては秘かに企んでいるのかも知れませんが、そうなると会社の規模縮小と、その縮小した中で更に利益率の相対的に高い自社製品割合が減る分、場合によっては土師尾常務の報酬の減額があるかも知れないから、土師尾常務はおいそれとその社長の方針には乗らないんじゃないですかね」
「でも内々に社長が土師尾さんの報酬の現状維持を保証していれば、土師尾さんは会社の規模縮小なんて大した思慮もなく、簡単に飲むんじゃないかしら。あの人の事だから、規模縮小した方が常務としての色んな煩わしさも減るから、自分には都合が好いと屹度考えるだろうし、それでも立ち行かないとなると日比さんを切ると云う手もあるし」
「しかし土師尾常務は、性質として激変よりは現状維持を只管願うタイプだと思うから、本心のところでは単に一人だけの人件費節約で、現状を乗り切りたいと思っているんじゃないですかね。ま、つまり俺だけを辞めさせたら御の字、だったんじゃないですかね。若し俺がダメな場合は、甲斐さんとかをターゲットとして考えているんだと思いますよ」
「確かに土師尾さんは肝っ玉の小さい、如何にも小者と云った人だから、会社の急激な変化みたいなものは、気持ちの上では実は望んでいないかも知れないわね」
 那間裕子女史はお代わりしたスクリュードライバーを、またもや先程と同様、グラス半分程グイと口の中に流し込むのでありました。

 口の中のスクリュードライバーを数度に分けて咳込まないように気を付けながら喉に流し込んでから、那間裕子女史は頑治さんの方に首を曲げるのでありました。
「唐目君もぼちぼち会社を辞める心算でいた方が良いかもよ」
「まあ、是が非でもしがみ付くと云う気はないですけど」
 頑治さんはジンフィズをほんの少し口の中に含むのでありました。
「どだい土師尾さんでは、この先上手く会社を運営していけるとは到底思えないし、景気の良い時だったらどんなボンクラ役員でも何とかなるかも知れないけど、不況下で会社存亡の危機と云う事なんだから、どう贔屓目に考えても土師尾さんじゃ無理よ」
「社長と土師尾常務の間で、ちゃんと将来の展望が共有されているんでしょうかね」
「それも怪しいものよね」
 那間裕子女史は溜息を吐くのでありました。「土師尾さんは只管社長頼みだろうし、社長には社長の、まあ、付け焼刃みたいなものだろうけど、願望に近い思惑があるだろうし、でもそれをちゃんと土師尾さんに説明してなんていないだろうし、土師尾さんも説明されても、自分で何とかする気が更々無いからさっぱり頭に入っていないだろうし」
「那間さんの云う事を聞いていると、全く絶望的ですね」
「だってどう考えても明るい将来像なんて見えないでしょう」
 那間裕子女史はまたもやグラスの中身をすっかり空けるのでありました。頑治さんはこっそり左手首の腕時計を見るのでありました。未だ終電には間があるから、時間をお開きの口実としては使えないでありましょう。那間裕子女史がこの儘のペースでグラスを干していれば、間もなくへべれけになるのは間違いないところであります。
(続)
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