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あなたのとりこ 542 [あなたのとりこ 19 創作]

「好意的な目で見なければ?」
「従業員側から微妙に経営側の方に、少し立ち位地をずらしたようにも感じますかね」
「そうよね、向こうから頼まれた訳じゃないだろうけどね。でも自分の方から従業員側を離れようとしているみたいな感じがするわよね」
 那間裕子女史は一つ頷くのでありました。「ひょっとしたら片久那さんが会社を辞める時に、そうしろって秘かに云われていたのかしら?」
「いや、それはないでしょうね。あくまで自分の考えからじゃないですかね」
 片久那制作部長にはそんな指示ではなく、自分が会社を立ち上げた暁にはそちらに来いと誘われている訳でありますから、片久那制作部長は辞めた後の会社の在り様なんかには然程の関心は無いでありましょう。依って均目さんの態度の変容に関しては、片久那制作部長の関与は先ず以て無い、と考えるのがしごく妥当でありましょうか。
「じゃあ、あの二人の歓心を上手く買って、将来役員にでもなる心算なのかしら?」
 那間裕子女史はカウンターの内側から、丁度自分の前のコースター上に置かれたスクリュードライバーに手を伸ばすのでありました。
「そう云う気も均目君にはないでしょうね。均目君は社長や土師尾常務を大して買ってもいないだろうし、寧ろ人間的な在りようとしてもあの二人には批判的でしょうね。だからあの二人の側に擦り寄っていくと云う気は先ず無いでしょう」
「でも役員になれば報酬は上るでしょう」
「均目君の報酬が上る以上に、あの二人、と云うか社長の方は良く了見が読めませんが、少なくとも土師尾常務の方は姑息に、もっと自分の取り分を増やそうと秘かに企むでしょうから、屹度均目君の報酬アップ分は申し訳程度だと、もうちゃんと均目君自身が端から判っているでしょう。均目君にはそんな期待は初めからないんじゃないですかねえ」
「まあ確かにあの二人の側に居ても、ろくな事が無いのは判っているでしょうね」
 那間裕子女史は口を尖らせて得心の頷きをするのでありました。「でもそれならどうして組合員間の申し合わせを無視して迄、あの二人の方に擦り寄るのかしら」
 均目さんは別にあの二人の歓心を買っても何のメリットもなく、それ以前に、信頼を寄せている片久那制作部長との密約の方を第一番目に考えている筈であります。
「片久那制作部長が居なくなって仕舞って、そのために従業員と役員との間をつなぐ人間が居なくなるのは何かと拙いから、均目君としてはそれなら今後は自分が、代わりにその役を引き受けようと云う心算なのかもしれませんよ、片久那制作部長の後釜として」
 頑治さんは均目さんの目論見をそう解説して見せるのでありましたが、これは如何にも話しの体裁を整えるためだけの解釈と云うものでありますか。片久那制作部長との密約がある以上、均目さんにはそんな役割を積極的に担う気概は無いでありましょうから。
「それは烏滸がましいと云うものよ」
 那間裕子女史は鼻を鳴らすのでありました。「均目君に片久那制作部長の後釜に座るだけの器量と、社員と役員両方からの信頼があるとは、あたしには到底思えないわ」
「いやまあ、能力的なものではなく、あくまでも均目君の気持ちとして、ですけど」
(続)
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