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あなたのとりこ 515 [あなたのとりこ 18 創作]

「まあ色々と。・・・」
 頑治さんは云い淀むのでありました。先程喫茶店で土師尾常務に組合で検討するべきところの課題だと宣したと時に比べれば、些か腰の引けた態度と云うべきでありますか。ここに於いて俄かに歯切れの悪くなった自分の口振りなんと云うものは、何に遠慮して、或いは何を憚っての事なのか頑治さんは自分でも確とは判らないのでありました。
「何か待遇とかに関して、妙な提案とかされなかったのかな?」
 当人としては大して意識はしていないのかも知れませんが、予想しなかったなかなか勘の良い袁満さんの質問に頑治さんはほんの少し驚くのでありました。
「実はちょっと袁満さんにだけご相談したい事があるので、後程会社が終わってからで結構ですので、話しを聞いて貰えますかね?」
「判った。それは構わないけど、何だいその話しと云うのは?」
「ですからそれは後程二人で」
「ああそうか。そうだよね」
 袁満さんは自分のこの頓馬な応対を恥じるように笑うのでありました。「じゃあ、会社が終わってから二人で居酒屋にでも行くか。それとも酒抜きの方が良いかな」
「それはどちらでも構いませんが」
 頑治さんとしては腰を据えて話をする気はなかったので、ちょっと倉庫にでも来て貰うか、それとも喫茶店か何処かでちょいと、と云う心算でありましたが、袁満さんが酒を飲みながらの方が良いと云うのであれば当然それでも構わないのではありましたけれど。
 と云う事で二人は会社が引けてから、会社の近くにあるハトヤと云う喫茶店に連れ立って入るのでありました。ここは大して凝った感じも無く、土師尾常務に連れていかれたところと同じありきたりの店ながら、この界隈では古くからある店でありました。
「相談したい事と云うのは何だい?」
 二人掛けの席に着いてコーヒーを注文してすぐに、袁満さんがもどかしそうに前置き無しに聞いてくるのでありました。頑治さんから相談したい事があると云われて、そんな事は今迄無かったものだから、大いに気になっていたのでありまあしょう。
「これは、本来は組合員全員で検討すべき事かと思うのですが、まあ一応、委員長である袁満さんに先ず話して、それから全員に諮るべきかどうか判断して貰いたい訳です」
 頑治さんは狭い店内にそれ程邪魔にはならない程度の音量で響いているクラシック音楽に負けない程度の、抑えた声のボリュームで云うのでありました。
「土師尾常務に何を云われたの?」
「実は会社を辞めてくれないかと提案されたのです」
「え、そんな事を!」
 袁満さんは大いに驚いて、店内の雰囲気にはそぐわない些か頓狂な声を上げるのでありましたが、しかしすぐにそれに気付いて、恥じ入るように辺りを見回して身を縮めてから続けるのでありました。「どうしてだか、理由は説明されたんだろう?」
「ええ、それは勿論そうですけど」
(続)
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