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あなたのとりこ 514 [あなたのとりこ 18 創作]

「この場で即答を求められている、と云う訳ではないんですね?」
 頑治さんが訊くと土師尾常務はせわしなく何度も首を縦に振るのでありました。
「勿論。じっくり考えてから返事して貰って構わない」
「ああそうですか」
「でもその後の事もあるから、なるべく早く返事を聞かせて貰いたいけど」
「判りました。ではじっくり、且つ、なるべく早く考えます」
 頑治さんはそう云ってからそそくさと席を立とうとするのでありました。
「ああそれから、・・・」
 土師尾常務は去ろうとする頑治さんを呼び止めるのでありました。「今ここで話した事は、組合には内緒にして置いて貰えるかな」
 頑治さんは土師尾常務の顔を立った儘無言で見下ろすのでありました。その頑治さんの表情にどうしたものかえらく怖じたようで、土師尾常務は慌てて頑治さんから目を逸らすのでありました。テーブルの上に置いた右手の親指が戦慄いているのでありましたが、それを隠すためその右手をテーブルの陰に下にそうとして、コーヒーカップの受け皿に無様に引っ掛けて、無用に陶器の騒ぐ音を辺りに響かせて仕舞うのでありました。
「若し自分が今の常務の申し出を断った場合は、今度は甲斐さんとか袁満さんとか、別の人に同じような話しを持ちかける心算なのでしょうね?」
「唐目君がどうしても嫌だと云うのなら、それはまあ、そうなるかな」
「だったら、俺がこの話しを組合にしようがしまいが、遅かれ早かれ結局皆に知れるじゃないですか。それに誰かを辞めさせようと云う経営側の策謀である以上、この件は組合で検討するべき課題以外ではないと思われますが」
「つまり、早速組合に告げ口すると云う事かな」
「告げ口とはちょっと聞き捨てならない云い草ですね」
 頑治さんは激したと云った風ではないけれど、きつめの語調でとそう云って、瞼を細めてその奥の眼を厳めしくして土師尾常務を睨むのでありました。
「ああいや、そんな心算で云ったんじゃないけど」
 土師尾常務は頑治さんの剣幕に粟立つのでありました。
「その、そう云う心算、とはどう云う心算ですかね」
「そんなに喧嘩腰にならなくても、・・・」
 土師尾常務は声を引き攣らせるのでありました。土師尾常務がどうしてこんなに大仰に狼狽えているのか頑治さんはさっぱり判らないでありました。自分の顔がそんなに迫力満点であったのでありましょうか。しやまあ、然程ではないと思うのでありますが。

 未だ喫茶店に残っている土師尾常務をその儘にして頑治さんが会社に帰って来ると、袁満さんが早速土師尾常務と頑治さんの差しでの話しに興味を示すのでありました。
「土師尾常務と何の話しをしていたのかな?」
 袁満さんは制作部スペースに行こうとする頑治さんを呼び止めるのでありました。
(続)
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