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あなたのとりこ 504 [あなたのとりこ 17 創作]

 頑治さんは楽観的な観測を述べるのでありましたが、仕事に慣れて来る前に均目さんは片久那制作部長が新たに興したか会社に呼ばれて、そちらに鞍替えするために贈答社を辞める事になるのではないかと思うのでありました。しかしこの観測は那間裕子女史には云わないのでありました。那間裕子女史を徒に激昂させて均目さんに対して喧嘩腰になるように仕向けるのも大いに気が引けるし、均目さんの折角の秘かな去就の計画を、告げ口をするような形で邪魔するのも何やら潔くない仕業のような気もするのでありました。
 まあ、どだい均目さんの秘かな去就の計画自体が、節操が無いと云えばそう云えるのかも知れません。それに片久那制作部長が幾ら会社を良く思っていないとは云え、後日興そうと計画している自分の会社に自分や均目さんを秘かに誘うと云う遣り口も、何だか信義に悖る邪険な臭いもするのでありました。だからそれに対して潔い態度を保とうとする自分なんと云うものは、これはもう片手落ちなヤツと云うべきところでありましょうか。
「もう少し強い気持ちと、逆境にもなかなかめげない粘り腰と、したたかさがある男だと思っていたんだけど、案外大した事が無かったわね」
 那間裕子女史の言葉が頑治さんの想念に混入して来るのでありました。
「ええと、それは、・・・俺の事ですかね?」
「そうじゃないわよ。均目君の事よ。決まっているじゃない」
 那間裕子女史が呆れたような云い草をするのでありました。当然今迄の話しの流れから誰の事を云っているのかは知れた事であった筈なのに、頑治さんがここで俄かに頓馬な質問を返すのが、那間裕子女史としては如何にも興醒めだったでありましょう。
「ああそうですか。そうですよね」
 頑治さんはまごまごとそう返すのでありました。
「無二の親友である均目君の悪口は云いたくないと、そう云う訳?」
「いやまあ、そんな確たる気持ちでもないんですけど、一般的に、居ない人の悪口とかはあんまりいただけないかとは思いますけどねえ」
 頑治さんは遠慮気味に応えるのでありました。「それに、会社の中では同い歳でもある事だし、どこか気が合うところもあるから割と親しくはしているけど、だからと云って均目君が無二の親友かと云われると、ちょっと違うような感じもしますしねえ」
「ああそう。ふうん」
 那間裕子女史は冷えたもの云いをしてコーヒーを一口飲むのでありました。この云い草てえものは、男同士の友情とか云う何だか得体の知れない胡散臭いものには、元々そんなに興味は無いと云う意を示さんとしての事でありましょうか。
 頑治さんが居ない者の評言はしないと表明したからか、何となく言葉が途切れるのでありました。那間裕子女史が腕時計に目を落としたので、釣られて頑治さんも自分の前腕をやや持ち上げて腕時計を見るのでありました。
「そろそろ行こうか」
 ラドリオを出てから二人並んで帰社していると、またも錦華公園の傍で、向こうも帰社途中であろう袁満さんと甲斐計子女史の二人連れに出くわすのでありました。
(続)
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