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あなたのとりこ 503 [あなたのとりこ 17 創作]

 頑治さんが云うと袁満さんは笑って首を横に振ってくれるのでありました。
 少しだけ、袁満さんの顔に赤みが戻ったように見えるのでありました。しかしその眉宇から不安を綺麗に拭い棄てたと云う訳ではなくて、頑治さんのお気楽にすっかり当てられて、この場では取り敢えず気が晴れた振りをしていると云った風でありましたか。

   最初の標的

 片久那制作部長が会社を去った後土師尾常務は遣りたい放題にのさばるとか、利益とか待遇を露骨に壟断し出すだろうと大方は予想していたのでありましたが、暫く様子見の心算なのか、意外に大人しいのは従業員一同には些か目算違いでありましたか。ひょっとしたら片久那制作部長におんぶに抱っこでずっとここ迄来たものだから、その大黒柱と頼っていた人が居なくなって急に心細くなったのかも知れません。或いは社長の手前、実は会社を切り盛りするに於いて、自分の無能が露見するのを只管恐れて内心大いに居竦んでいるのかも知れません。何れにしてもこれは不気味な静けさと云うべきものであります。
 均目さんは急に目付きが険しくなるのでありました。何とかなるだろうと踏んではいるものの、いざ片久那制作部長の仕事を引き継いでみると、色々な製作上の管理とか手配に於いて、その今迄に無い煩雑さと多岐さと、意外と細かい気配り目配りや抜け目の無さが要る局面が多い事に手一杯であたふたしていて、神経が休まらないのでありましょう。
 そんな均目さんに気を遣ってか、はたまた急に眼を血走らせ始めた均目さんの在り様を見て何となくがっかりして白けた気分になったのか、那間裕子女史は均目さんとあんまり軽口や冗談を交わさなくなるのでありました。今迄に那間裕子女史が均目さんに対して見せた事のない嫌に余所々々しく冷淡な対応振りでありますし、見る目に籠る不興気で対抗的な色も、意識的にか無意識にかは判らないけれど明らかなのでありました。
「片久那さんが辞めてから、何だか均目君は少し人変わりしたと思わない?」
 昼飯を一緒にしてその後ラドリオでウィンナコーヒーを飲みながら、那間裕子女史が頑治さんに話し掛けるのでありました。この頃は、頑治さんは均目さんと連れ立って一緒に摂る昼食はすっかり沙汰止みでありました。那間裕子女史も均目さんに何となく屈託があるものだから、制作部スペースで隣同士に机を並べている女史と頑治さんは、昼食と午後の始業時間迄の一時を均目さん抜きで二人で過ごす場合が増えるのでありました。
「仕事が急に目まぐるしくなって、万事に余裕を無くしているんじゃないですかね」
「確かに顔付きに余裕の無さがはっきり表れているけど、でもちょっと、ぎすぎすし過ぎじゃないかしら。人当たりも何だか妙に雑になっちゃっているし」
「まあ確かに、誰にとは云わず言葉付も少しきつくなったような気がしますね」
「なんだかこの先、均目君に任せておいて大丈夫かしらって思っちゃうわ」
 那間裕子女史は眉根を寄せて頑治さんを見るのでありました。
「まあ段々、仕事に慣れて来れば気持ちに余裕も出て来て、少しは人当たりとか言葉付きなんかも、それに顔付きも穏やかになってくるんじゃないですかね」
(続)
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