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あなたのとりこ 456 [あなたのとりこ 16 創作]

「出雲君に何か瑕疵があって辞める訳じゃないからな」
「で、片久那制作部長は社長室に入って先ずは、要するに正義感から、出雲君に難癖をつけている土師尾常務に、そう云う陰湿な真似は止めろと云ったんですか?」
 均目さんが、正義感、と云う言葉に多少の揶揄を込めてか込めないでか、何となく言葉の遣り取り中にすんなりと収まりがよろしくないような云い草をするのでありました。
 片久那制作部長はその均目さんの言葉付きに対して、不愉快そうに眉根を寄せるのでありましたが、敢えて無関心を貫いて何も返答しないのでありました。
「片久那制作部長が突然入って来たものだから、驚いた土師尾常務がまごまごして俺を詰るのを中断してくれて、俺としてはすごく助かりましたっスよ。ちょっと肚の中でムカムカしてきていたところだったから、あれ以上土師尾常務の詰りが続いていたら、ひょっとしたら俺は歯向かうような事を竟、口走っていたに違いありませんからね」
 片久那制作部長の代わりと云う訳ではないでありましょうが、出雲さんが代わって均目さんに向かって云うのでありました。確かに出雲さんは普段は温厚そうであんまり人の云う事に拘るところがない風にしているのでありましたが、しかしこう云う人に限って怒りの感情に火が付くと、意外に強面になる事もありそうであります。
「具体的に土師尾常務は何て云ったの?」
 那間裕子女史が出雲さんのその言を受けて、片久那制作部長にではなく出雲さんに目線を向けて言葉を投げるのでありました。
「何とか俺の将来の事を考えて、頭打ちで先の見込みがまるでない出張営業から、新しい将来性の見込める地方の特注営業と云う仕事を任せる事にしたのに、その自分の恩義には一顧もくれずに、面白くないからとか上手くいかないからって早々に逃げ出すのは、人としてどうなのかとか、まあ、如何にも大仰にそんな事をガタガタ云ってきたんスよ」
「よくもまあ恥ずかしくもなく抜け々々と、そんな見え透いたお為ごかしを口に出来るわね。あの人は一体どう云う神経をしているのかしら」
 那間裕子女史は呆れたように云って舌打ちをするのでありました。
「まあ、根っからのインチキ野郎と云うのは疾うに判っていたけど」
 袁満さんも露骨に鼻に皺を寄せて見せるのでありました。
「土師尾常務がそう云う事を云うのは、その後に多分退職金を減額するとか、或いはまるっきり払わないで済まそうと云う魂胆があるんだろうし、屹度社長もグルだろうな」
 均目さんも顔色に怒りと軽蔑の色を添えるのでありました。それからチラと、そうとは知れないように片久那制作部長の方を見遣るのは、あんたもグルじゃないのか、と云う疑いをその視線に込めたのであろうと頑治さんは推察するのでありました。
「出雲君が辞めるとしたら退職金の件は、目論見として土師尾さんと社長は予め共有していたんでしょうね。だから態々出雲君を社長室に連れて行ったのよ」
 こう云いながら那間裕子女史も片久那制作部長を横目に見るのでありました。
「確かにそう云う話しは、前に土師尾常務から聞かされたことがある」
 片久那制作部長が頷くのでありました。
(続)
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