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あなたのとりこ 455 [あなたのとりこ 16 創作]

 三人共に一様に緊張の面持ちをして、マップケースを背にして片久那制作部長の右斜め前に、袁満さんが先頭で、次に甲斐計子女史、出雲さんの順に居並ぶのでありました。
「未だ日比さんが営業回りから帰って来ていないが、ちょっと俺から皆に話しておきたい事があるんだが、先ずは今日の社長室での事だ」
 片久那制作部長は右側の今来た三人と、左側の夫々の席に座って、椅子を回して自分の方に顔を向けている制作部の三人を眺め回すのでありました。別に勿体を付けているのではないのでありましょうが、その目線に場の緊張がいや増すのでありました。
「社長室で一体何の話をしていたんですか?」
 袁満さんが訊くのでありました。
「だから今からそれを話す」
 片久那制作部長は、不必要な質問を差し挟むな、と云う言外の叱責を袁満さんに向けるのでありました。袁満さんはおどおどと額に脂汗を光らせて畏れ入るのでありました。その袁満さんの緊張が伝播したのか、甲斐計子女史も居心地悪そうに身じろぎするのでありました。出雲さんは竦んでのどぼとけを上下させて固唾を飲み込むのでありました。
「土師尾常務が出雲君を社長室に連れて行ったのは、社長へ退職の挨拶をさせるためと云うよりは、社長の前で出雲君に何だかんだと難癖を付けるためだろうと思ったから、そう云う陰湿な真似はさせたくなかったので、俺も後を追った訳だ」
 片久那制作部長はそう云って出雲さんを見るのでありました。「案の定、社長室に行ってみると、社長の机の前に出雲君を立たせて、自分もその横に立って、折角の新規の仕事を任せたと云うのに、何の成果も出せない内に勝手に辞めると云うのは、一体全体どういう了見なんだ、とか何とか詰問と云うか、云い掛かりをつけていたよ。なあ、出雲君」
 片久那制作部長は出雲さんを見つめながら表情だけの笑いを送るのでありました。出雲さんも苦笑って一つ頷いて見せるのでありました。
「土師尾常務は、何でそんな真似を態々辞めていく出雲君にするのでしょうかね?」
 これは均目さんが訊くのでありました。この言葉は先の袁満さんの一言とは違って、片久那制作部長に依って不必要と見做された訳ではない模様で、片久那制作部長は窘めるような視線は特に均目さんに対しては送らないのでありました。
「自分が必要以上に辛く当たって虐めたから、出雲君が辞める事になった訳ではないと云う点を社長に強調するためでもあるし、ひょっとしたら出雲君の辞職を限りなく懲戒扱いみたいにして、退職金を払わないで済ませる魂胆だったかも知れない。それとも例に依って人の弱り目に付け込んで、苦痛を倍加させ弄んでやろうと云う人格のさもしさからかも知れない。何れにしろ邪な目論見から社長室に出雲君を連れて行ったのは間違いない」
 土師尾常務が居ないものだからか、片久那制作部長は今迄用心深く慎んで来た筈の彼の人への人格に対する否定的言辞を意外に平気な顔でものすのでありました。
「つまりそう云う土師尾常務の目論見を阻止するために、片久那制作部長はすぐに後を追って社長室に行ったと云う事ですね?」
 袁満さんがまた邪険にされる事への警戒心から、遠慮がちに云うのでありました。
(続)
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