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あなたのとりこ 454 [あなたのとりこ 16 創作]

 頑治さんとしては片久那制作部長が居なくなった後、会社が上手く回っていくのかどうか大いに気掛かりなのでありました。片久那制作部長と云う存在は、要するに扇の要のようなものでもあり、制作部に限らず、会社が会社として成立しているための結束点とでも云うべきでありましょう。要を失って仕舞うと、扇は扇でなくなるのであります。
 出雲さんが辞職すると云う既定の事実は、片久那制作部長のこの降って湧いたような衝撃的な発表に依って、頑治さんと均目さんと那間裕子女史の頭の中からすっ飛んで仕舞うのでありました。全く予期しなかった新しい展開と云うものであります。

 那間裕子女史が不機嫌そうに片久那制作部長の顔を窺い見るのでありました。
「抑々、何で急に会社を止める気になったのかしら?」
 これは質問と云うよりは、取りように依っては詰問の口調でありましたか。
「急に自棄を起こしたんじゃない。ここにきて竟に我慢の限界を超えたと云う事だ」
 片久那制作部長は不愉快そうに云うのでありました。
「それは社長に対して、と云う事ですか?」
 均目さんが那間裕子女史よりは柔らかな語調で訊くのでありました。
「そうだ。それに土師尾常務にもな」
 これは当然、制作部の空間を越えてマップケース越しに、営業部スペースの土師尾常務の席にも聞こえるような音量でありましたか。しかし何の気遣いも憚りも無く片久那制作部長がそう云い放っていると云うのではないのでありました。この言が発せられる前に、土師尾常務は疾うに家に帰るために事務所を出ていたのでありました。
 社長室から戻って直ぐに甲斐計子女史や袁満さん達に退社を告げる土師尾常務の声と、お疲れ様でした、と夫々バラバラに返す女史や袁満さんや出雲さんの声が制作部スペースにも漏れ聞こえていたのであります。依って気配として土師尾常務の不在は制作部の方にも了解されていた事でありました。尤も、土師尾常務が居ようが居まいが、今の片久那制作部長なら先の言を何憚る事なく発する事を何も躊躇わなかったかも知れませんが。
「一体社長と土師尾常務の何を、これ迄我慢していたって云うのですかねえ?」
 那間裕子女史が多少もじもじしながら質問を重ねるのでありました。
「何もかもだよ」
 片久那制作部長は応えるのも胸糞悪いのか、全く以って鮸膠も無いのでありました。
「そんな風に云われても、あたしには漠然としているだけですけど」
 那間裕子女史は、片久那制作部長の応えるぞんざいな態度に対してもカチンときたようで、当然ながらの不満の意を云い様で表明するのでありました。
「袁満君も出雲君も、それに甲斐君も、ちょっとこっちに来てくれるか」
 片久那制作部長は急に少し大きな声をマップケースの向こう側に送るのでありました。恐らく向う側では制作部のただならぬ様子が伝わっていたであろうから、その推移におどおどしながら聞き耳を立てていたでありましょう。依ってこの三人は片久那制作部長に呼ばれるとすぐに、マップケースのこちら側に顔を見せるのでありました。
(続)
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