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あなたのとりこ 405 [あなたのとりこ 14 創作]

 メーデー行進に参加するのは委員長の袁満さんと書記の那間裕子女史、それにどうせ暇だからと参加を引き受けた出雲さんの三人でありましたが、一応の義理から頑治さんと均目さんも、行進には参加しないながらもメーデー中央集会が行われる代々木公園には出向くのでありました。新人組合員の甲斐計子女史はそれも免除、と云う事でありました。
 那間裕子女史は昨日までの名残の寒気が、夜が明けると同時に嘘のようにすっかり緩んで、初夏晴天の好日となったが五月一日をこんなイカさない行事で潰されるのは、全く以ってげんなりであると愚痴を零すのでありました。しかし袁満さんと出雲さんは多少のお祭り気分があるようで、全総連から手渡された、徴兵制を許すな! 等と小銃を持った兵士の絵にバッテンが描いてある手書きのプラカードを、もの珍し気に眺めたり両手で差し上げたりしながら、ただ只管閉口するのみと云う風でもないのでありましたか。
「こんなつまらない行事に動員される日に限ってこんな絶好の行楽日和になるんだから、何となく悔しくなっちゃうわね」
 那間裕子女史がプラカードに描かれた小銃を持つ陰鬱そうな表情の兵士に向かって愚痴を云溢すのでありました。当然ながらそんな事を云われても兵士は女史に向かって銃をぶっ放す事もなく、陰鬱気な表情を更に沈鬱に曇らすと云う事もないのでありました。
「結局行進中に持つ事なったプラカードはこれですか?」
 均目さんが袁満さんの持つプラカードの兵士に向かって皮肉な視線を投げながら云うのでありましたが、別に兵士は恐縮する事も当然ないのでありました。
「もう一つ、米軍基地撤廃、と書いてあるプラカードとどっちにするかと担当の人に訊かれて、基地撤廃の方はこれより大判で重そうだったからこっちの方にしたんだよ」
 袁満さんは兵士に同意を求めるような視線を向けて返すのでありました。勿論絵の兵士はこれにも無言無表情を貫くのでありました
「労働運動とは直接関係ない、全くの政治的なスローガンですよね」
 均目さんが小さな舌打ちの音を立てるのでありました。
「こんなのを持って街中を行進するのはうんざりだわ」
 那間裕子女史が袁満さんが胸元に抱えているプラカードを指で弾いて見せるのでありました。この挑発行為に対しても兵士は何も反応せずに堪えるのでありました。なかなか冷静沈着で相当の忍耐力を有する、慎に頼りになる有能な兵士と云うものであります。
「ま、労働組合の中でも、組織の中の人は決まって否定するものの、客観的な目線に依れば、政治党派性の極めて強い全総連だから仕方が無いと云えば仕方が無いけど、でも建前上は組合員の政治的考えは自由だと云っているんだから、こういうプラカードを持って行進するのは政治的に右翼の自分としては嫌だと、断ろうと思えば断れる筈だよなあ」
「別にあたしは右翼でも左翼でもないもの」
 那間裕子女史はそう云う、人をすぐに政治的に色分けしようとする考えには全く以って無関心であると云う冷ややかさを、均目さんを見る視線に込めるのでありました。確かに那間裕子女史の口からは、普段の会話の中でも政治性の高い話題は殆ど漏れてこないのでありました。まあ、袁満さんにしても出雲さんにしてもそうでありますが。
(続)
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