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あなたのとりこ 403 [あなたのとりこ 14 創作]

「判った。八時には家に居るようにするよ」
「ところで五月一日は、頑ちゃんはメーデー行進に参加しなくて良いの?」
 夕美さんが話題を変えるのでありました。
「ああ、参加しなくて良いよ。大体、そんな七面倒臭いものなんか、誰も意欲的に参加したいとは考えていないから、ウチの組合内部の話し合いで、一応の義理から役員を含む三人が貧乏籤、と云う事になったんだ。全員強制的に参加と云う事になれば、ちょうど夕美がこっちに出て来る時だから困るなと心配していたんだけど」
「ああそう。あたしの仕事の方は五月の二日迄に取り敢えず片付く事になっているし、後は五日迄ずっとプライベートの時間になるから、三日間は丸々頑ちゃんと一緒に過ごせるわね。その前も、五月一日を含めて、まあ、仕事の後は一緒に過ごせるけどさ」
「そうだな。若しメーデー行進参加の予定が入っていたら、五月一日が丸々台無しになるかも知れないところだった。まあ、何か理由を付けてサボる事も出来なくもないけど」
「義理堅い頑ちゃんの事だから、そうなっても屹度サボりはしないと思うけど」
「いやいや、夕美との時間のためなら、躊躇いなく突然の腹痛にでも何にでもなるさ」
 頑治さんは別にその時、腹に痛みを感じた訳でもないけれど、掌を胃の辺りに添えて背を丸めて蹲るような仕草をして見せるのでありました。
「ふうん、そう」
 夕美さんは端から頑治さんのその言を信用していないようでありあした。「まあ良いや。兎に角後半の五日間はみっちり頑ちゃんと過ごせそうで楽しみよ」
 夕美さんはそう云ってグラスに残ったワインを飲み干すのでありました。

 翌日、頑治さんは仕事が終わると会社の近くの洋食屋で夕食を済ますと、七時前にアパートに帰って来て、そわそわしながら夕美さんからの電話を待ちながら過ごすのでありました。昨日の夕美さんの言に依れば、電話がかかってくる時間は宴会終了後の九時過ぎと云う事でありますが、そうすると未だ二時間もある訳であります。その間、取り敢えずシャワーを浴びてその後は本でも読んで時間を潰すとしても、それでも結構な待ち時間でありますか。まあ、それに苛々しても全く以って詮無い事ではありますけれど。
 電話のベルが鳴ったのは九時を四十分以上過ぎた頃でありましたか。頑治さんがベルの鳴り端を捉えて素早く受話器を取るのは、余程待ちに待っていた故でありましょう。
「ああ、あたしよ。遅くなって御免なさい」
 夕美さんが先ず謝るのでありました。
「遅かったところを見ると、宴会での話しが随分と盛り上がっていたのかな」
 そう云う頑治さんには別に皮肉を云ってやろうと云う気は全く無いのでありました。
「本当に御免なさい」
 夕美さんの声は恐縮で消えも入りそうでありました。
「今、お茶の水かな?」
「ううん、未だ新宿なの」
(続)
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