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あなたのとりこ 402 [あなたのとりこ 14 創作]

「これ迄に聞いていた頑ちゃんの話しに依ると、その二人は自分達の待遇を差し置いてでも頑ちゃん達の好待遇を考えるような、献身的な人でも義に篤い人でもお人好しでもないみたいだし、屹度従業員よりも遥かに好条件を獲得したんじゃないの」
「組合の中の推察も、大体そんなところだけどね」
 頑治さんは冷ややかな笑みを浮かべながら頷くのでありました。「ところで、明日の夜は大学時代の友人と会食だったよね?」
 頑治さんは表情を改めて話題を変えるのでありました。
「そうね。仕事の打ち合わせの後で教授も交えて、新宿の住友ビルの中にある何とかって云う土佐料理の店で食事する事になっているわ」
「ふうん。皿鉢料理かな。鰹のシーズンの最盛期には少し早いように思うけど」
「何だかよく判らないわ。博士課程に進んだ同級生がその宴会を仕切ってくれるみたいだから、あたしはそれに乗っかるだけで、魚料理でもジンギスカンでも何でも良いの」
 夕美さんは恐らくそこで出されるであろう料理に対して、あんまり執着しているような風ではない口振りでありました。頑治さんと夕美さんの生まれ育った故郷は造船業を主体産業とする海の街で、近隣に大きな漁港も数多い事から子供の頃から海産物は、まあその中に鰹と云う魚類はあんまり見お目にかかった事はなかったとは云うものの、厭きる程食していたのでありましたから、魚介を使った料理に対する殊更の餓えはないのでありました。夕美さんはこの四月からその故郷に帰ったのでありますから尚の事でありますか。
「でも故郷ではそれこそ魚料理は珍しくもないけど、でも鰹とか赤身の肴なんかは、子供の頃からあんまり見た事はなかったよなあ」
「それはそうだけど、でもどちらかと云うとあたしはお肉の方が好きだし」
 夕美さんはあくまで無愛想で可愛気の無い事を云うのでありました。「あたしとしては明日の夜は頑ちゃんと一緒に過ごせない分、結局つまらないもの」
 これは頑治さんにとっては何よりの可愛気ある言だと云えるでありましょう。
「明日の宴会は何時に終わるの?」
 頑治さんはデレッと目尻を下げて訊くのでありました。
「そうね、七時始まりでそれから二時間として、九時くらいかしら。通例から二次会はないと思うけど、話しの盛り上がりに依ってはもう少し時間は延びるかも知れないわ」
「じゃあ九時頃、新宿に迎えに行こうか?」
「本当?」
 夕美さんは嬉しそうな顔をして見せるのでありました。「でも頑ちゃんが態々新宿に出て来るのは大変だから、それなら御茶ノ水駅で待ち合わせと云う事にしない?」
「別に俺としては新宿まで出て行くのはそんなに億劫でもないけど、でもまあ、お茶の水の方が夕美はホテルがすぐ近くだから何となく気楽かな」
「宴会が終わる頃に電話するわ」
 夕美さんは軽く握った左手の拳を頬の横に添えて、右手の人差し指で電話のダイヤルを回す真似を宙でして見せるのでありました。
(続)
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