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あなたのとりこ 401 [あなたのとりこ 14 創作]

 まあ、然程に熟達したコーヒー淹れの腕前は特にはないながらも、頑治さんは手動のミルで豆を挽き、紙ドリップで二杯分のコーヒーを丁寧に淹れるのでありました。夕美さんは久し振りの頑治さんの手になるコーヒーの立ち上る湯気に嬉しそうな表情をしてから、恐る恐るコーヒーカップの熱い縁に口を近付けるのでありました。
 結局夕食を摂るために頑治さんのアパートを二人して出たのは、それから三時間程経ってからでありました。その三時間てえものは、コーヒーが熱過ぎたので飲むのに三時間を要したとか、久し振りの再会にすっかり時を忘れて三時間、この間の二人夫々の身に起こった何やかやの出来事を、交互に飽かず喋り合っていたと云う訳でもないのでありましたけれど、まあ待ちに待った邂逅でありましたから、あれこれ色々、と云うか、それ程色々でも無いのでありますが、まあ何やら、やる事もあったと云う事でありましたか。・・・

 こちらに出て来たら先ずはこれを食べてみたい、と云う殊更のものは夕美さんには無いと云う事なので、二人は以前に偶に二人で入った事のある、お茶の水の山の上ホテル別館にあるレストランに入るのでありました。席に着いてから先ずは改めて再会を祝すためグラスワインで乾杯して、運ばれてきた料理にナイフを入れるのでありました。
「頑ちゃんの仕事の方はどんな感じなの?」
 夕美さんがワイングラスを口に運びながら訊くのでありました。
「まあ、ぼちぼちやっているよ」
「労働組合が出来て、この四月の給料からぐっと待遇改善されたんだっけね」
「多少、ね。そんなに、ぐっと、と云う程じゃないのかな」
「組合が出来た事で、件の両部長さんとの関係がギクシャクとかしていない?」
「その二人だけど、四月一日付けで取締役になったんだよ」
「へえ。つまりその二人も出世したのね」
 ワインを一口飲んでから夕美さんはグラスをテーブルに戻すのでありました。
「自分達の待遇に関して従業員と同じ賃金体系の中に居るのは不都合だから、そこから出るために役員になったのが第一の理由だと云う推察だけど、まあ、そうなんだろうな」
「じゃあ、その二人は従業員よりももっと大幅に待遇が改善されたと云う訳ね」
「具体的にどのくらいの待遇になったのか判らないから何とも言えないけど、しかしまあ当然、従業員の待遇にもう少し色を付けた好待遇なんだろうなあ」
「報酬がどのくらい上がったかとか、その辺ははっきり判らないの?」
「別に向こうからは何も云わないし、迂闊に訊けるような筋合いの事でもないし」
「まあ、それはそうか」
「組合員の中には、屹度社長を脅かして自分達より遥かに好い待遇を得たに違いないと云う推測もあるし、売り上げが芳しくないのが今次の組合結成やら何やらのすったもんだの元なんだから、経営陣として体裁上そんなに勝手放題に自分達の待遇を上げられないだろう、と云う推測もあるけど、まあ、その辺はどんな具合か俺にはさっぱり判らないな」
 頑治さんも一口飲んだワイングラスをテーブルに戻すのでありました。
(続)
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