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あなたのとりこ 400 [あなたのとりこ 14 創作]

「さてそうなると、未だ夕食には早いからどうやって時間を潰すかな。・・・」
「散歩なんかより、これから頑ちゃんのアパートに行く、と云うのはどう?」
「まあ、それでも構わないけど、でも俺のアパートに上がり込んでまったりしていると、肝心の夕食の時間を逸するかも知れないなあ」
「別に良いじゃない。夕食の時間がきっちり決められている訳じゃないんだから」
「ま、それはそうだけど」
 夕美さんが泊まるのはビジネスホテルであり、観光地の観光旅館のように夕食が宿泊プランに付属しているのではないのだから、何時に何処で夕食を摂ろうとそれは随意でありますか。頑治さんの心配は的外れで間抜けなもののようであります。
「こっちに出て来てあたしが先ず行きたい処って云ったら、頑ちゃんのアパートと云う事になるものね。他は後回しで良いもの」
「ウチに置いていった見張りのネコの報告も聞きたいから、と云うのもあるか」
「そうそう」
 夕美さんは笑って何度か頷くのでありました。
 と云う事で、二人は先程降り立った御茶ノ水駅の方にまた来た道成りに並んで坂を上って、駅を横目にお茶の水橋を渡って、外堀通りを左に折れて神田川沿いにほんの少し歩いて、交通量の多い本通りを避けて順天堂大学横の脇道を抜けて、本郷給水所近くの頑治さんのアパートに辿り着くのでありました。この道筋は頑治さんの嘗ての通学路であり今の通勤路でもあります。だから夕美さんも当然これ迄何度も、この日のように頑治さんと一緒に、或いは一人で、頑治さんのアパートを訪うために歩いた路程でありました。
 時々夕美さんが神田川の土手下に目を落としたり、順天堂大学の建物を見上げたりするのは、多少の懐かしさからでありましょう。成程夕美さんにとっては、東京のこの界隈の風景は、今ではすっかり他所の地として認識されていると云う事なのでありますか。
 アパートの部屋に上がり込むと夕美さんは先ずは最初に、本棚の上に置いてあるぬいぐるみのネコを手に取って抱き竦めるのでありました。これはつまり自分の留守中の頑治さんに対する見張り役の労を慰撫してやっているのでありましょう。夕美さんはその後ネコを抱いた儘、テーブル代わりにしている布団の無い炬燵の傍らに座るのでありました。
「案外綺麗にしているわね」
 夕美さんはネコの背を撫でながら部屋を見回すのでありました。
「夕美が故郷に帰って未だ一か月くらいだから、そんなに汚す時間も無かったし、ひょっとしたら夕美が今日来るかも知れないと思って、昨日念入りに掃除したんだよ」
「殊勝な心掛けね」
 夕美さんはネコの背を撫でるのを止めないで満足そうに笑むのでありました。「ひょっとして部屋が散らかしてあったら掃除しようと思っていたけど、その手間は省けたわ」
「せっかくこっちに遣って来るのに、夕美にそんな不届きな厄介は掛けられないよ」
 頑治さんは一つ頷くのでありました。「コーヒーでも淹れる?」
「そうね、久しぶりに頑ちゃんのコーヒーが飲みたいわ」
(続)
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