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あなたのとりこ 374 [あなたのとりこ 13 創作]

「ところでどう云う感触なんだろうかな、新しい営業の仕事は?」
 社長が出雲さんに目を向けるのでありました。
「はあ、未だ何とも。・・・」
 出雲さんはそう訊かれて下を向いて云い淀むのでありました。
「何かしらの成果みたいなものは未だ出ていないのかな?」
「そうですねえ。・・・」
 顔を上た出雲さんは申し訳無さそうに愛想笑うのでありました。
「当初こちらが考えていた一日の訪問件数より実数がかなり少ないようだけど?」
 土師尾常務がここで口出しするのでありました。
「まあ、朝に遠方まで出掛けて日帰りでこちらに戻って来る訳ですから、そんなには回れませんよ。おまけに車を使える訳でもないですし」
 出雲さんは土師尾常務の方に顔を向けず、社長を見ながら応えるのでありました。
「北関東とか静岡県や山梨県なんかの街を回る訳なんだから、向こうに一泊とかして営業する方が都合も効率も良いんじゃないの?」
 社長がこう云うのは至極尤もだと頑治さんは聞きながら思うのでありました。
「そうしたいのは山々ですが、宿泊代も出張旅費も出ませんから」
「出雲君の営業はあくまで、出張営業と云うものではありませんから」
 土師尾常務が横に並んで座っている社長に説明するのでありました。「遠距離の通常の特注営業と云う事になります。だから日帰りが原則になります」
「遠距離なんだから、向こうに到着するのも遅いし、帰りも時間を考えて早切り上げにもなるんだから、少しは融通を利かせないと如何にも効率が悪いんじゃないですかな」
 社長も顔を横に向けて土師尾常務に云うのでありました。この社長の言に対して、土師尾常務が些かの戸惑いと迷惑そうな色をちらと見せるのでありました。
「しかし、出張の経費の絡みとか様々、そこはありますから、・・・」
 土師尾常務はやや上目遣いで眼鏡越しに社長を見据えるのでありました。この土師尾常務の眼容てえものは、今更そんな質問をされても困るではないかと云う訴えのようでありました。土師尾常務にすればまさかの社長の言であったのでありましょう。
 つまり穿った見方ながら、土師尾常務の目論見としては出雲さんに無理難題を押し付けて、出雲さんが嫌気を起こして自ら会社を辞めるように仕向けると云う裏の魂胆が元々あったのでありました。それは既に社長にも秘密裏に方針として共有して貰っていた筈なのに、まさかこの場に及んで忘却した訳でもあるまいし、そんなぞんざいに、出雲さんに同情的な云い草を急にしれっとされるのは何とも心外であると云う事でありましょう。
 土師尾常務としては、これは社長の全く以ってうっかり至極な発言だと、そう捉えてそれを詰る気持ちを暗黙に眼容に込めたものと頑治さんは斟酌するのでありました。しかし見ように依っては、そう云った裏の秘めておくべき企みを思わず目に表わして仕舞う土師尾常務の方が、頑治さんには余程迂闊者のように映るのでありました。それに、そんな土師尾常務の心根を社長がすぐに察したかどうかも判らないのではありますけれど。
(続)
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