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あなたのとりこ 373 [あなたのとりこ 13 創作]

「じゃあ会議を始めたいと思いますが、主な議題は、営業部の改変がどのような会社のこれから先の見取り図によって行われたのか、その辺を伺いたいと云うものです」
 袁満さんが誰に云われるでもなく議事進行役を担うのでありました。何となく前の春闘時の団体交渉時の空気と同じ色合いを頑治さんは感じるのでありました。社員側から提案した会議であるから、まあ尤もとは云えるのでありましょうが、何となく労働組合と経営側と云う対立図式がその儘ここにも持ち込まれて仕舞うような気配でありますか。
「会社の経営方針に関わる事は別に君達社員全員と相談して決める事ではなくて、経営者の専権事項なんだから、それに君達が一々口出しする権利は無いんじゃないかな」
 冒頭から早速、土師尾常務が例に依ってこの会議を台無しにするような言挙げを行うのでありました。この会議を提案されたこと自体が不本意なのでありましょう。
「経営の決めた事には、従業員は何の意見も差し挟まずに、ただ只管云われた通りその命に従順に従っていればそれで良い、と云う事ですか?」
 袁満さんの眉間と声音にすぐに険しさが宿るのでありました。
「ただ只管と云うんじゃないが、不謹慎な差し出がましさは慎めと云っているんだ」
「別に僭越な事をしようと云うんじゃなくて、仕事をするに当たっての納得を得たいと云う事ですよ。そうじゃなければ意欲も何も持てないじゃないですか」
「高度な経営判断なんだから、黙って云われた通りにすれば良いんだよ」
 この土師尾常務の言に、袁満さんだけではなく、甲斐計子女史と均目さんと、それに社長を除いた辺りから思わず失笑が漏れるのでありました。選りに選って土師尾常務の口から、その為人に全くそぐわない、高度な経営判断、なんと云う何とも大袈裟で聞いた風な言葉が出るとは誰も予期していなかったのだから、意表を突かれた皆が反射的反応として失笑したと云う事でありますか。出雲さんと頑治さんが辛うじて笑うのを堪えたのは、比較的年季の浅い社員としての土師尾常務への遠慮と礼儀と弁えからでありました。
「何が可笑しいんだ、袁満君?」
 自分の言葉に大方がうっかり失笑を洩らした事態に早速昂奮した土師尾常務は、右総代で袁満さんを選んで名指しするのでありました。
「いや別に何も」
 袁満さんは態と口の端に冷笑を含んで、土師尾常務から目を逸らして見せるのでありました。これがまた土師尾常務の逆上を招くだろう事は判っていながら。
「まあまあ、そんなにお互いに喧嘩腰にならないで」
 土師尾常務が言葉を発する寸前に社長が両掌を斜め下前方に差し向けて、それを上下にゆっくり小さく上下させながら如何にも大人風に云うのでありました。「土師尾君もそんな愛想の無い事をのっけから云い出したら、話しが何も進まないじゃないかな」
 社長に制された土師尾常務は恨めしそうな横目で社長をチラと窺うと、不承々々ながら嘴を閉じるのでありました。土師尾常務の感情だけに支配された迷走を、ここに居ない片久那制作部長に成り代わって社長が制御する役を担う心算なのでありましょうか。袁満さんもここは社長の顔を立てて、しおらしく口の端の笑いを消し去るのでありました。
(続)
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