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あなたのとりこ 375 [あなたのとりこ 13 創作]

「経費がかかろうがかかるまいが、仕事の効率を考えるならば、目先の経費削減よりも出張扱いの方が良いんじゃないですかね。僕はそう思いますがねえ」
 こう返す辺り、どうやら社長は別に察してはいないようであります。
「要するに出張にかかる経費を極力ゼロに近づけようと云う事ですよね」
 日比課長が口を開くのでありました。この日比課長の言を一種の助け舟と取るかそれとも自分への批判と取るか土師尾常務は俄には判断出来ないようで、不愉快極まりないと云った顔は一応その儘保持しながら、一つ頷いてもみるのでありました。
「何でもかんでも節約すれば良いと云うものじゃなくて、それが非効率になるようなら、出すところは出すことも必要でしょうよ」
 なかなかに気前の良い社長の言葉ではありますが、これは社員に対してさももの分かりが好い経営者だと云う格好を演じて見せているだけで、先の甲斐計子女史への仕打ち等からすると、額面通りに受け取らない方が賢明と云うものでありましょうか。

 社長の言葉の後にほんの少しの間、この会議の出席者の誰もが何故か話しの接ぎ穂を失って押し黙るのでありました。とは云っても長く沈黙すると云う訳ではなくて、ほんの一二秒、まあ、居心地の悪い間が空いたと云った感じでありましたか。
「山尾君が急に抜けたものだから、なかなか出雲君の仕事を見てやる事も出来ないでいるけど、実際どんな按配なんだい新しい仕事の方は?」
 不自然に空いた間に耐えかねたのか日比課長が出雲さんに問うのでありました。
「そうですねえ、・・・」
 出雲さんは先程の社長と同じ質問をまた繰り返す日比課長に、少し戸惑うように小首を傾げるのでありました。日比課長としても、この質問は重苦しい沈黙を破る事が主な目的で、質問の中身そのものは然して意味のあるものではなかったのでありましょう。
「何処か一社くらいはじっくり話を聞いてくれたところはなかったのかな?」
「殆どは関心も示されずに玄関払いと云う感じですが、小田原の広告会社だったか、妙に愛想良く応接間に通された事がありました。そこで少し話しを聞いてくれましたよ」
「ほう、それはどんな感触だったのかね?」
 社長が興味を示すのでありました。
「ウチの商品カタログを見せて、それから色々訊かれたんですけど、企業の販促品にと交通案内図とか全国旅行ガイド、出張営業で売っている絵地図を利用したカレンダー、それにペーパークラフトの十二面体カレンダーなんかに興味を惹かれたようでした」
「でも結局、商談としては具体的にならなかったのかな?」
「そうですね。まあ、その後に何の連絡も入りませんから」
「ああ、確か全国の交通案内図カレンダーとか関東の絵地図カレンダーとか十二面体カレンダーとかの、千部と五千部と一万部作製の見積もりを片久那制作部長に云われて出した事があったけど、あれは出雲君の仕事に必要な数字だったのかな、そうすると?」
 均目さんが思い当るのでありました。
(続)
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