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あなたのとりこ 107 [あなたのとりこ 4 創作]

「博士課程に進むかどうか未だ迷っているの?」
 頑治さんはその辺りが今の夕美さんの心根の中で、ふと明滅し始めた思念であろうと当たりを付けて少し躊躇いがちに訊くのでありました。
「そうね、未だ迷っているわね」
 夕美さんはそう云ってから目の前の書を眺め遣るのでありましたが、それは眼前の書に意を集中しているとは決して云えない瞳容でありましたか。
「せっかく今迄考古学を熱心にやってきたんだし、これから先も続けていける環境にあるんだから、ここで止すのは勿体無いような気がするけど」
「それはあたしもそう思うけど、でもこの儘続けたとしてもその先に何があるんだろうって考えるのよ。色んな人に今までお世話になりながら続けてきたけど、それに見合うだけの成果をあたしが出せるのかどうか自信も無いし」
 夕美さんは書から目を離して俯くのでありました。
「博士課程を終えて助手として大学に残って、その後は後続する学生達を指導しながら自分の研究をもっと深めていく、と云う意欲みたいなものはあるんだろう?」
「あるのかなあ。・・・」
 夕美さんは無表情で自問するのでありました。迷いは深いようでありました。

 東京都美術館を出てから、頑治さんと夕美さんは上野公園の中を漫ろに散歩するのでありました。出掛ける時はかなり寒かったのでありましたが、太陽がぼちぼち傾きかける頃になると、風が無いせいでもありましょうが戸外に居ても然程の寒さは感じないのでありました。肩の辺りに服を通して日の温かさも感じられるくらいでありました。
 歩き疲れた訳でもないのでありますが、二人は陽溜まりの中のベンチに並んで腰を掛けるのでありました。未だ散るのは少し早いように思うのでありましたが、二人の間に傍らの樹から枯葉が一枚舞い落ちるのでありました。
「でももうそろそろ、この儘博士課程に進むのか、それとも何か別の道を探すのか、決めなければならないんだろう?」
 頑治さんが先程の話しの続きを始めるのでありました。
「そうね。・・・」
 夕美さんは膝の上に指を搦めて組んだ自分の手を見ながら返事するのでありました。
「これはあくまで仮定の話として、若し博士課程に進まないのなら、故郷の博物館の研究員になるか、それとも学校の先生になるか、とか前に云っていたよなあ」
「そうね。それから考古学やそう云った事から全く離れて、普通に会社勤めをするか」
「前にも云ったけど、何れにしても、夕美はその選んだ道をそつ無く歩くだろうな」
「博士課程に進んでその儘大学に残るか、それとも東京の会社に就職するとしたら、この先もずっと頑ちゃんとこうして一緒に居られるわよね」
 夕美さんは頑治さんの方を向いて笑むのでありました。夕美さんがそう云った辺りも考慮しているようなら、頑治さんとしては大いに嬉しい事でありました。
(続)
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