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あなたのとりこ 27 [あなたのとりこ 1 創作]

 見ていると羽葉さんはその古座布団の前に立ち、膝を屈して腰を落とし、その落した腰の横に曲げた両腕を構えるのでありました。一体何が始まるやらと思っていると、羽葉さんはその姿勢から左右の拳を交互に古座布団に向かって打ち出すのでありました。始めはゆっくり次第に早く、固く握り締められた拳が古座布団に食い込むのであります。
 打ち出す時に刃葉さんは口から息を短く強く吐き出すのでありますが、これはどうやら空手の突きの練習のようであります。棚に括り付けた古座布団が巻き藁の代わりでありましょうか。出し抜けに現出したこの異様な光景に頑治さんは面食らうのでありました。
 二つ程離れた頑治さんの乗っている棚までもが刃葉さんの古座布団を打つ動きに合わせて振動するのでありました。それに棚の上に載っている段ボールやらクラフト紙包みが小さな足取りのタップダンスを踊り出すのでありあました。これは堪らんと思った頑治さんは棚の上から刃葉さんにやや荒げた声を掛けるのでありました。
「何をしているのですか!」
 その声に刃葉さんは顔だけ動かして頑治さんの方を見るのでありました。全くの無表情で目は半眼に開かれているのでありました。
 この倉庫の支配者は自分であると云う点を示威、或いは念押しするため、刃葉さんはこんな脅迫的な行為に出たのかとも頑治さんは思うのでありました。一種の故意の鞘当てであります。多少血の気の多いところもある頑治さんは、売られた喧嘩なら買っても良いと一瞬思うのでありました。こうなったら先輩もクソも無いのであります。
 しかし刃葉さんの無表情を見ていると、別に何か意趣が有ってこういう真似をしているように見えないところもあるのであります。何と云うのか、無邪気な無表情とでも云うのか。頑治さんは刃葉さんの底意が窺えず、少々及び腰になるのでありました。
「ああ、仕事の邪魔かな」
 刃葉さんが打撃練習を止めていとも穏やかに訊くのでありました。頑治さんの熱り立ちが見事な肩透かしを食ったような、そんな按配であります。
「仕事の邪魔ですし、そんな事をするために棚が組まれているのではないし、棚の中に在る物が痛むかもし知れませんし、第一、自分に対して穏やかじゃありませんし」
 頑治さんの声は激高の気分が未だ完全に消え切らないような調子でありました。
「ご免な。別に他意はないよ。これは何時もの習慣なんだ」
 刃葉さんは笑い混じりに云うのでありましたが、その笑いは別に挑戦的な或いは揶揄するような魂胆からではなくて、寧ろ取り成すような色彩のものでありました
「何時もの習慣?」
「そう。梱包の合間に時間があったらこんなことをしているんだよ」
「空手ですか?」
「うんそう、空手」
「幾ら時間が有っても仕事中に空手の練習をする事自体、不謹慎じゃありませんか」
「まあ、そう云われるとその通りだけど、・・・」
 刃葉さんの眼球が少し動揺するのでありました。
(続)
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