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あなたのとりこ 26 [あなたのとりこ 1 創作]

「何か手伝いましょうか?」
 見取り図を作業台の正面に貼り終えた頑治さんが刃葉さんに訊くのでありました。
「そうねえ、じゃあ、上に行って新しい発送指示書があったら持ってきてくれるか」
「はい判りました」
 頑治さんは倉庫を離れるのでありました。外に出て、棚を上ったり奥をほじくったりしたために新品の作業服に付着した埃を忌々しそうに掌で掃うのでありました。

 上の事務所に行くと経理の甲斐計子女史が一人机で帳簿付けをしているだけで、営業部のスペースに土師尾営業部長の姿も日比課長の姿も無いのでありました。
「新しい発送指示書がありますか?」
 頑治さんが机の帳簿立て越しに頭半分見える甲斐計子女史に訊ねるのでありました。特に新しく書き起こされた指示書は無いとの女史の無関心そうな応えでありました。
「ああそうですか」
 頑治さんは手ぶらで事務所を出るのでありました。またすぐに下の倉庫に逆戻りであります。これから先自分の主たる仕事場はあの倉庫に違い無いのでありましょうが、外光から殆ど遮断され、掃除も整頓も行き届いていない埃の舞うあの場所でこの先長く働くのかと思うと、何とは無しに気が滅入ってくるのでありました。
 倉庫の前には梱包された段ボールが八箱ばかり、扉の前に積んであるのでありました。刃葉さんは一仕事終えて、如何にも年季の入ったスチール椅子に腰掛けて、作業台の上に両足を載せて煙草を吹かしているのでありました。
 当面刃葉さんを手伝う仕事も無さそうなので、頑治さんは先程色々書き足した製品と材料の一覧表を持って倉庫の奥に行こうとするのでありました。もう一度所在確認旁、棚の中を少しばかり整理しようと云う目論見でありました。
「初日からあんまり意気込むと疲れるよ」
 頑治さんの作業服の背中を刃葉さんの声が掴むのでありました。「ここに居る時は気楽にしていて構わないよ。誰かの目がある訳じゃなし」
「はあ。しかし、まあ、・・・」
 頑治さんは曖昧に応えて倉庫の奥に行くのでありました。今朝からのごく短い接触ではあるにしろ、刃葉さんと云う人はあんまり心服出来る先輩とは云い難いような気がするものだから、頑治さんはその指示に一々謹慎に従う気が起らないのでありました。
 頑治さんが暫く奥でゴソゴソやっていると羽葉さんが傍に遣って来るのでありました。刃葉さんは頑治さんの存在には全く気を留めていないような風情で、頑治さんが中を整頓している二つ横辺りの棚に進むのでありました。
 その棚の柱には古座布団が一枚ビニール紐を幾重にも巻いて頑丈に固定してあるのでありました。それを見付けた時、何のために座布団がここに括りつけられているのか頑治さんは判らなかったのでありました。棚の柱を守るためのクッション代わりかとも思うのでありましたが、それにしては他の棚には何も施されてはいないのであります。
(続)
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