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お前の番だ! 503 [お前の番だ! 17 創作]

「総士先生、色々とお騒がせしております」
 佐栗理事が是路総士に頭を下げるのでありました。
「いえ、私共には特段」
 是路総士浅くもお辞儀を返すのでありました。
「お聞き及びの通り、この度は威治宗家が辞め、間を置かず財団会長も辞めて、興堂流も機構の大幅変更を余儀なくされまして、この田依里君を入れた理事会であれこれ話しあった結果、ここは一旦興堂流を解散しようと云う結論になりました」
 万太郎は初耳でありましたが、佐栗理事が、お聞き及びの通り、と云うのでありますから、この報は恐らく鳥枝範士経由で是路総士に既に知らせてあったのでありましょう。
「そう云う事らしいですな。一昨日、鳥枝さんから聞きました」
 是路総士は落ち着いた物腰でそう云って、先程来間が運んで来た茶を一口啜るのでありました。「聞いた時には驚きましたが、まあ、予期もしていました」
「流名を興堂流としたのは威治宗家と財団会長の意向でありましたが、その二人も去って仕舞ったのですし、それに今般の我が流の技法や稽古法は、道分先生のお遺しになったものとはすっかり様変わりしておりますので、敢えて道分先生のお名前を連想させるような団体名で通すのは、実態に照らして相応しくはないし畏れ多いと云ったところです」
「成程。そうですか」
 是路総士は表情を変えずに一つ頷くのでありました。この静かで厳とした無表情は興堂流の決定に対して、別流である常勝流は一切容喙しないと云う態度表明でありましょう。
「理事会では最初に、新規蒔き直しの意味もこめて、流名の変更が議題として上がったのですが、色々議事を進める内に、ここはいっその事、興堂流自体を解散した方がすっきりするだろうと話しが推移しまして、この度の決定と相成りました次第です」
「実技指導を担っておられる田依里さんも、ご納得なのですね?」
 是路総士は田依里師範の方に顔を向けるのでありました。
「道分先生の遺された会派を仕舞うのは私としては忍びないものもありますが、私は云ってみれば新参者ですし、道分先生のご薫陶を受けたわけでもありません。全くひょんな経緯から興堂派で指導を始める事になったのです。ですから興堂派以来、それに興堂流になってからもずっとその職に居られた理事の皆さんの決定に従うのは、当然です」
 田依里師範はそう云って是路総士に目礼するのでありました。
「興堂流の解散と同時に、葛西の道場も閉められるのですかな?」
「いえ、今の葛西の本部道場は続けて参ります。何とか経営を維持出来るだけの門人もおりますし、こちらの都合だけで急に閉めるのは門下生に対して申しわけないですから」
「新しい財団を設立されるのですかな?」
「いえ、そこまでは考えておりません。当面は私的な団体としてやっていく所存です」
「田依里流、か?」
 鳥枝範士が横から戯れ口調で訊くのでありました。
「いえ、そのような名前にはしない心算です」
(続)
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