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お前の番だ! 439 [お前の番だ! 15 創作]

 そう訊かれても、あゆみの、今も云ったように、の、その今云ったと云う言が万太郎は全く頭に入っていなかったものだから、何とも応えようがないのでありました。それにしても、あゆみは今日の万太郎は少し変だと云うのでありましたが、あゆみのものする話題とか多弁さの方こそ余程、何時ものあゆみらしくないと万太郎は思うのでありました。
「今いただいたご教誨を胸に刻んでおきます」
 万太郎は慎に謙譲且つ慇懃で、如何にもあやふやで無難そのものと云った返答を、やや冗談に紛らわせるような口調で返しながらあゆみに頭を下げるのでありました。
「なんか、はぐらかそうとしているみたいな返事ね」
 あゆみはそう云って頬を膨らませるのでありました。
「いやまあ、あゆみさんのアドバイス通り姉さんタイプが僕に似あうとしても、実家の姉貴のようなのはちょっと困るかなあと、そんな事を考えたものですから」
「ああそう。万ちゃんのお姉さんは万ちゃんより一つ歳上だったわね」
「そうです。あゆみさんと同い歳です。でもあゆみさんと違って、何かと口煩いし僕を如何にも幼稚だと思っているようで、すぐに小馬鹿にしたようなもの云いをします」
「ふうん。でもそれはそれとして、それでも万ちゃんには年上の人が屹度似あうわよ」
 あゆみはそう云って確信あり気に何度か頷くのでありました。それからそう云った後にはもう何も言葉が思い浮かばないのか、何となく唐突な風に横に座っている万太郎から目を背けて、前を向いてすぐ傍の地面を見るように俯くのでありました。
「あゆみさん、ひょっとしたら熱があるのじゃないですか?」
 万太郎は黙ったあゆみに訊くのでありました。
「え、熱? 別にないと思うけど、・・・」
「ああそうですか。何となくこうして横に座っていると、あゆみさんの体から熱感が伝わってくるみたいな気がするものですから」
 万太郎がそう云うとあゆみは自分の額に掌を当てるのでありました。
「熱なんてないわよ」
 あゆみはそう云いながら何故かどぎまぎと横に微妙に躄って、万太郎から心持ち身を離すような仕草をするのでありました。万太郎は殆ど触れあう程の近さだったあゆみの肩との間に、隙間風が通るような気がするのでありました。
「ああそうですか。それなら別に良いのですが」
 万太郎はほんの少しではあるものの、あゆみの肩が自分から遠ざかったのが残念なような気がするのでありました。肩と肩の距離が空いたからではないにしろ、あゆみはもうさっきまでの饒舌を忘れたかのように、花司馬教士の家から実篤公園まで歩いてくる道すがらと同に、少し不自然に思われるくらい頑なに口を閉ざすのでありました。
 どうしてかは知らないけれど、ひょっとしたらあゆみを怒らせたのかも知れないと万太郎は一抹の危惧を覚えるのでありました。それはこちらから求めたものではないにしろ、あゆみの折角のアドバイスに対する自分の反応が余りにきっぱりとはしておらず、如何にも鈍そうなものだったために、あゆみは何太郎に愛想を尽かしたのかも知れません。
(続)
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