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お前の番だ! 434 [お前の番だ! 15 創作]

 勿論万太郎に異存はなく二人は実篤公園迄の住宅街の小道を漫ろ歩くのでありました。寒いけれどようやく春めき出した風が二人の足元にしきりと戯れつくのでありました。

 どうしたものか実篤公園までの路程中、あゆみは妙に寡黙なのでありました。隣を歩く万太郎は時々その顔を横目で窺うのでありましたが、特段不機嫌と云う風ではなく、頬を翳める浅い春の風を寧ろ楽しんでいるような緩やかな表情でありましたか。
 どだい不機嫌ならば、こうして万太郎を散歩に誘う筈はないであろうと万太郎は考えるのでありました。しかし何となく無神経に軽口でも飛ばしてあゆみの寡黙を乱すのは憚られるような気がして、万太郎も無言の儘、同じペースで横を歩くのでありました。
「こうして万ちゃんと二人でブラブラ歩きするの、久しぶりのような気がするわね」
 実篤公園の入り口が見える辺り迄来てようやくにあゆみが口を開くのでありました。
「そうですね。このところ二人揃って出稽古や指導に行く事もありませんでしたから」
「何となく新鮮な気がするわ」
 あゆみはそう云って万太郎の方に顔を向けるのでありました。
「そうですね。何故か少し、僕は緊張なんかを覚えます」
 万太郎はそう云って如何にも冗談らしく笑って見せるのでありました。
「剣ちゃんの稽古着姿、可愛かったわね」
 あゆみの、後ろに結わえていない長い髪を、風が少し踊らせるのでありました。
「そうですね。ちょっとブカブカでしたけど」
「そのブカブカさ加減が余計可愛らしいのよ」
 あゆみは剣士郎君の稽古着姿を思い出すような顔をして、剣士郎君に負けないくらいの可憐さで万太郎に笑いかけるのでありました。
「しかし剣ちゃんとしては稽古着よりも、玩具か何かの方が良かったようでしたが」
 万太郎はそんな風に話しを移ろわせるのでありました。
「まあ、そうかもね。だってようやく七歳になりたての子だもの」
「寧ろお父さんの花司馬先生の方が喜んでいらっしゃいました」
「花司馬先生の剣ちゃんを見る目が、道場では見た事のない優しい目だったわね」
「愛息の稽古着姿が、嬉しくて仕方がないと云ったところでしょうかね」
「花司馬先生は奥さんとも仲が良さそうだし、家中にほのぼのした空気が漲っているようだったわ。あんな家庭は理想よね」
 あゆみはそう云って如何にも羨ましそうな顔をするのでありました。
「こういう云い方は失礼かも知れませんが、花司馬先生みたいな人が、良くあんな美人で気の良さそうな、それでいて芯の強そうな女の人を見つけましたよね」
「花司馬先生が猛烈にアタックして結婚したみたいよ。奥さんに聞いた話しに依ると」
「へえ、そうですか」
 あゆみは時々、花司馬教士の奥方と睦んでいるようでありました。それで何かの折にそんな話しを奥方から聞きつけたのでありましょう。
(続)

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