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お前の番だ! 435 [お前の番だ! 15 創作]

「花司馬先生の奥さんは興堂派の浅草にあった支部の門下生だったんだって」
「興堂派の浅草支部と云うと、・・・」
 万太郎は少し考えるのでありました。「ウチに移籍した支部ではありませんね?」
「そこはもう随分前に支部長さんが他界されて、上野の支部と合併したらしいの。だから浅草支部と云うのはもうなかったのよ」
「上野の支部と云うと、興堂流にもウチにも属さないで、独自の会派となったところでしたね。確か、武道興武真伝会、とか云う名前で」
「そうね。・・・まあ兎に角、奥さんはそこの門下生だったのよ」
 あゆみは話しを本筋に戻すのでありました。
「それで、花司馬先生が出張指導に行って見初めた、と云う事ですかね?」
「そんな感じよ。で、花司馬先生は思いこんだら一途みたいなところがあるから、次に逢った時から猛烈アタックと云う段取りになるわけよ」
「初めて聞きました。今度花司馬先生を、それを種に大いに照れさせてやろうかな」
「その時に、あたしから聞いた、なんて云っちゃダメよ」
 あゆみが唇に人差し指を当てるのでありました。
「ああ、然る情報筋に依ると、と云う事にしますが、しかしそう云った話しの出処なんと云うのは、考えを回らせればすぐに知れるでしょうけど」
「ま、それはそうか」
 あゆみはあっけらかんとそう云うだけで、別に万太郎の魂胆を躍起になって止めさせようとするわけではないのでありました。
「そう云う経緯があるから、花司馬先生が如何にも愛妻家然としていたわけですね」
「そう。花司馬先生は家庭では良き夫で好きパパと云う事。ちょっと堅苦しいけど」
「堅苦しいのではなくて一面では律義、それともう一面では情熱的、と云ってあげてください。情熱的、と云うのは、あんまりあの顔にそぐわないと思うにしても」
 万太郎が云うとあゆみは口に手を当てて思わず笑むのでありました。
「でもあたし、奥さんが羨ましいわ。そんなに花司馬先生に愛されていて」
 あゆみはそう云って潤んだような目で万太郎を見るのでありました。春の風が吹いてあゆみの髪をそよがせ、その髪の幾本かが万太郎の方に流れるのでありました。
「あゆみさんにはそんな、人を羨ましがらせるような良い人はいないのですか?」
 そう訊くと万太郎はあゆみに、険しいと云うには強過ぎるけどしかし穏和と云うのは控え目過ぎるような目で見られるのでありました。「済みません、余計な事を訊いて」
 万太郎はあゆみの気分を少し害したと思ってすぐに謝るのでありました。
「あたしは、・・・そうね、いない事もないわよ」
 あゆみは特段昂じた風でもなくそう云って、万太郎に思わせぶりに笑いかけるのでありましたが、そう云えば確か前にも、前後の脈絡は忘れて仕舞ったけれどあゆみとそんなような話しをして、その折も、いない事もない、と云った曖昧な回答を得た記憶が蘇るのでありました。あの時は何の話題からそう云う会話になったのでありましたか。
(続)
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