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お前の番だ! 418 [お前の番だ! 14 創作]

 まあ、他愛もないからかいであります。
「おい折野先生、さっさと来月の出張指導の割りふりを出さんか」
「あゆみ先生、そろそろ帰るからワシの靴を揃えておいてくれ」
 ま、こう云った遣い方であります。しかしこれでは何時か万太郎とあゆみ、それに来間で話していた時出た冗談の、指導部全員でお互いを先生と呼びあうと云う気持ちの悪い状況に現実が近づいたと云う事になるのかも知れないと云うものであります。
 その内鳥枝範士も寄敷範士もこのからかいに厭きるでありましょうし、それを待つしかないでありましょう。でなかったら自分も腹いせに、来間や準内弟子共を先生づけで呼んでやろうかしらと万太郎はちらと考えるのでありましたが、そうすると件の、気持ちの悪い状況を自ら進んで作り出すだけなので、これは自制するのでありました。

 さて、暫くの間すっかり鳴りを潜めていた興堂流と威治宗家の動静が、俄かに万太郎の耳にも届くようになるのでありました。それはあるテレビ番組に威治宗家が出ているのを門下生の何人かが見ていて、それを万太郎に語ってくれたためでありました。
 何でも民放の深夜番組で『現代の格闘家列伝』と云うタイトルの、戦後の格闘家と呼ばれた人達を、プロレス界キックボクシング界、それに柔道や空手等の武道界から抜粋して紹介すると云うものだったそうであります。確かに興堂範士は武道家の中では色々と武勇伝の豊富な人ではありましたが、自身で自身を特段、格闘家と規定をしていた節はなく、あくまでも常勝流の武道家及び指導者であり続けた人でありましたから、万太郎にはそのタイトルと、興堂範士その人の在りようがしっくりと馴染まないのでありました。
 それは兎も角、その番組中で興堂範士の為人を紹介する件で現在の葛西の興堂流道場が映し出され、そこで威治宗家が父親である興堂範士の、格闘家(!)としての生前の様子や、自分だけに教授された特別稽古の様子を語る場面があったようでありました。ここでも威治宗家は、興堂範士の特別稽古を如何にも大袈裟に語っていたそうであります。
 これは威治宗家その人の武道に対する姿勢や興堂範士への仕え方、それに今現在の力量、また鳥枝範士や寄敷範士、花司馬教士等の証言により、虚偽の疑いが濃いとされている事であります。そう云う虚偽を持ち出さなければならない、現在の威治宗家の武道家としての苦境を、逆に万太郎は推し量ってうら淋しい思い等するのでありました。
 また番組中に威治宗家に依る組形演武の場面があって、そこには板場と堂下が受けを取っている姿が在ったとの事でありました。二人共前のような緊張感もなく、何となくダラダラとした印象で投げやりに威治教士の技を受けていたとも聞こえるのでありました。
 このテレビ番組にどう云う経緯で現在の興堂流と威治宗家が取り上げられる事になったのか、その辺が万太郎を始め多くの門下生達の疑問でありましたが、これは花司馬教士が、恐らくはこういう事に依るのだろうと種明かしするのでありました。
「そのテレビ局のお偉いさんが旧興堂派の財団理事をしていて、前に興堂範士の特集番組を制作した事があったんですよ。その後局関係の人が何人か入門して暫く稽古をしていましたね。そのお偉いさんと会長との繋がりからじゃないでしょうかね」
(続)
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