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お前の番だ! 318 [お前の番だ! 11 創作]

「来間が内弟子に入って以来、この頃は私もコーヒーを飲むようになりましたよ。昔は何時も胸焼けして、とても飲もうと云う気にはならなかったのですが」
 是路総士が呑気そうな表情で云うのでありました。
「ワシなんか会社では何時もドリップのコーヒーですよ。こう見えても」
 鳥枝範士が表情を和らげてその話題に乗るのでありました。「これでなかなかワシはコーヒーには煩い方でしてね、インスタントなんか体が受けつけませんな」
「私は家でも事務所でもお茶一辺倒ですかな。顧客とのつきあいで外に出で喫茶店に入ったとしても、矢張りコーヒーじゃなく紅茶を注文します」
 寄敷範士が笑いながら後に続くのでありました。
「来間の淹れるコーヒーはちっとも胸焼けしませんな。何か屹度淹れ方にコツがあるのでしょうな。ドリップで淹れても機械で淹れても不思議と大丈夫です」
「来間は何時も比較的薄いコーヒーを淹れるので、それで総士先生の胸も穏やかな儘でいらっしゃるのでしょう。ま、あいつは色々淹れ方の能書きを垂れますが」
 万太郎がクールに種明かしするのでありました。
「いや薄いだけじゃなくて、確かに来間の淹れるコーヒーは香りが立っている」
 鳥枝範士が万太郎の見解に抗うのでありました。「色んなコーヒーを飲みつけているワシも、あいつの淹れるコーヒーは美味いと思うぞ」
「まあ、確かに来間のコーヒーは美味いとして、それくらい稽古の方にも気持ちを入れてくれると、もっと技も上手くなるのでしょうが」
 万太郎はあくまで遠慮がないのでありました。
「おお、折野はなかなか手厳しいな」
 鳥枝範士がそう云って笑うのでありました。あゆみはと云うとただ力なく笑って興堂範士を待つ間のこんな閑話にも、積極的には加わろうとしないのでありました。
 万太郎は秘かにそんなあゆみが大いに気がかりなのでありました。急な興堂範士の来訪が、一体どういう了見からなのかが不安なのでありましょう。
 コーヒーを飲みながら一時間程待っていると、興堂範士が訪れた気配が玄関から伝わってくるのでありました。控えの間に揃っている各々の顔が緊張感を帯びるのでありましたが、是路総士だけは相変わらずゆったりとした表情を変えないのでありました。
 廊下を控えの間に近づく二人分の足音が次第に高くなるのでありました。控えの間の全員が障子戸の方に顔を向けているのでありました。
「道分先生がお見えになりました」
 来間が障子戸の外から告げるのでありました。万太郎は急いで立って、来間よりも早く片膝ついて障子戸を内側から静かに開けるのでありました。
 廊下に正坐した来間とその横に立つ興堂範士の姿が、座敷からの燈火に浮かび上がるのでありました。興堂範士がすぐに是路総士に向かって頭を下げるのでありました。
「あにさん、不躾を承知で、こちらのご都合も考慮せず罷り越しまして相済みません」
 そう云い終ってから興堂範士はゆっくり頭を起こすのでありました。
(続)
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