お前の番だ! 319 [お前の番だ! 11 創作]
「なあに、よくいらっしゃいました」
是路総士が愛想良くそう返すのでありました。「ささ、どうぞ中へ」
興堂範士は手刀を切りながら腰をやや屈めて座敷に足を踏み入れるのでありました。鳥枝範士が立って座布団を返して、自分が今まで座っていた席を譲るのでありました。
あゆみは万太郎が居た座へ、寄敷範士があゆみの位置へ、鳥枝範士は寄敷範士が今まで座していたところに夫々ずれて座り直すのでありました。一番下端の万太郎はと云えば、卓を囲む座を遠慮して、一団から少し離れて障子戸を背に正坐するのでありました。
「ほう、コーヒーをお召し上がりでしたか」
興堂範士が是路総士の前のコーヒーカップに目を遣りながら云うのでありました。
「はい。来間が淹れてくれたのです」
「出来得ればワシも、茶ではなくコーヒーを久しぶりにいただきたいですなあ」
興堂範士が遠慮なくそう強請ると、是路総士は万太郎の方に視線を送るのでありました。万太郎はそれを受けてすぐに立って台所の方に小走りに向かうのでありました。
「来間、道分先生もコーヒーをご所望だ。お前のコーヒーはなかなか評判が良いぞ」
「押忍。有難うございます」
丁度日本茶を淹れようとしていた来間は万太郎に云われて、すぐにコーヒーの方に取りかかるのでありました。万太郎は自分でそれを控えの間の方に運ぼうと、コーヒーが淹れ上がるのを椅子に腰を下ろして待っているのでありました。
「何やらこみ入ったご相談のようですね?」
事情を確とは知らない来間が万太郎に話しかけるのでありました。
「ふむ。まあな」
万太郎は如何にも口が重そうな風情で曖昧に返事するのでありました。万太郎の無愛想な云い方を聞いて、来間はそれ以上言葉を重ねないのでありました。
「まあそれで、今日罷り越しましたのは、な、・・・」
控えの間からは障子戸越しに興堂範士の声が聞こえてくるのでありました。顔あわせの雑談が丁度終わって、そろそろ本題に入ろうとしているようであります。
万太郎がコーヒーを興堂範士の前に置く間、少しの時間話しが途切れるのでありました。万太郎はその後障子戸の方にやや離れて座って、卓の方を見ているのでありました。
特に誰からも下がっていろと云う命がないから、その儘同座して話しを聞いていて構わないのでありましょう。万太郎はなるべく気配を消して正坐しているのでありました。
「先日のワシが持ってきた話しの件なんですがな、ワシもあの後色々考えましてなあ、その、要するに、全く勝手ながら、あれはなかった事と思し召していただきたいと、こう云う、慎に以って体裁の悪いお願いをしに急遽やって来たのですわい」
その興堂範士の言葉に、満座の表情が石のように固まるのでありました。勿論万太郎の顔も困惑のために、目が見開かれて口が少しばかり開いた形で凝結するのでありました。
「先日の話しと云うのは勿論、あゆみと威治君の縁談の話しですな?」
是路総士が意外に落ち着いた乱れの全くない語調で訊くのでありました。
(続)
是路総士が愛想良くそう返すのでありました。「ささ、どうぞ中へ」
興堂範士は手刀を切りながら腰をやや屈めて座敷に足を踏み入れるのでありました。鳥枝範士が立って座布団を返して、自分が今まで座っていた席を譲るのでありました。
あゆみは万太郎が居た座へ、寄敷範士があゆみの位置へ、鳥枝範士は寄敷範士が今まで座していたところに夫々ずれて座り直すのでありました。一番下端の万太郎はと云えば、卓を囲む座を遠慮して、一団から少し離れて障子戸を背に正坐するのでありました。
「ほう、コーヒーをお召し上がりでしたか」
興堂範士が是路総士の前のコーヒーカップに目を遣りながら云うのでありました。
「はい。来間が淹れてくれたのです」
「出来得ればワシも、茶ではなくコーヒーを久しぶりにいただきたいですなあ」
興堂範士が遠慮なくそう強請ると、是路総士は万太郎の方に視線を送るのでありました。万太郎はそれを受けてすぐに立って台所の方に小走りに向かうのでありました。
「来間、道分先生もコーヒーをご所望だ。お前のコーヒーはなかなか評判が良いぞ」
「押忍。有難うございます」
丁度日本茶を淹れようとしていた来間は万太郎に云われて、すぐにコーヒーの方に取りかかるのでありました。万太郎は自分でそれを控えの間の方に運ぼうと、コーヒーが淹れ上がるのを椅子に腰を下ろして待っているのでありました。
「何やらこみ入ったご相談のようですね?」
事情を確とは知らない来間が万太郎に話しかけるのでありました。
「ふむ。まあな」
万太郎は如何にも口が重そうな風情で曖昧に返事するのでありました。万太郎の無愛想な云い方を聞いて、来間はそれ以上言葉を重ねないのでありました。
「まあそれで、今日罷り越しましたのは、な、・・・」
控えの間からは障子戸越しに興堂範士の声が聞こえてくるのでありました。顔あわせの雑談が丁度終わって、そろそろ本題に入ろうとしているようであります。
万太郎がコーヒーを興堂範士の前に置く間、少しの時間話しが途切れるのでありました。万太郎はその後障子戸の方にやや離れて座って、卓の方を見ているのでありました。
特に誰からも下がっていろと云う命がないから、その儘同座して話しを聞いていて構わないのでありましょう。万太郎はなるべく気配を消して正坐しているのでありました。
「先日のワシが持ってきた話しの件なんですがな、ワシもあの後色々考えましてなあ、その、要するに、全く勝手ながら、あれはなかった事と思し召していただきたいと、こう云う、慎に以って体裁の悪いお願いをしに急遽やって来たのですわい」
その興堂範士の言葉に、満座の表情が石のように固まるのでありました。勿論万太郎の顔も困惑のために、目が見開かれて口が少しばかり開いた形で凝結するのでありました。
「先日の話しと云うのは勿論、あゆみと威治君の縁談の話しですな?」
是路総士が意外に落ち着いた乱れの全くない語調で訊くのでありました。
(続)
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