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お前の番だ! 317 [お前の番だ! 11 創作]

「まあ、それはそうだが。・・・」
 鳥枝範士がまた腕組みをするのでありました。
 その時、師範控えの間の床の間脇の台に置いてある電話が突銭鳴り出すのでありました。しかしすぐにその呼び出し音が途切れたのは、どうやら食堂の方で一人控えている来間が、そちらの受話器を急ぎ取り上げためでありましょう。
「総士先生もあゆみさんの結婚はあゆみさんの意志を先ず尊重されると云う事ですし」
 万太郎は電話機から鳥枝範士に目を戻して、その顔を一直線に見るのでありました。
「あゆみの結婚に関しては、そうなればワシ等があれこれ云うべき言葉はもうない」
 鳥枝範士は別に万太郎の視線にたじろいだと云うわけではないでありましょうが、万太郎から徐に目を外して、口を尖らせて頷くのでありました。「しかし、この件で道分先生への不信感と警戒心と云うのが生まれて仕舞ったのは、拭えない事実だな」
 鳥枝範士は無愛想にそう云って腕組みを解くのでありました。
「宗家の継承問題は一先ず置くとして、まあ、今回の道分さんの申し出は、あゆみの気持ちを第一に尊重してお断りする、と云う事でよろしいですかな?」
 是路総士が一同を見回した後で、最後にあゆみの顔に視線を止めるのでありました。
「そう願います」
 あゆみが意志の強そうな表情で頷くのでありました。
「威治君からあゆみに直接話しがあったわけではなく、道分さんからの申し出と云う態でしたから、断りは私の方から道分さんの方に伝えましょう」
「ま、今次の問題は一先ずそれで済ませましょう。その後に道分先生がどういう風に出てくるかは、これはこの結婚話しとは違うところで、要観察と云ったところでしょうなあ」
 鳥枝範士がそう云いながら横に座っている寄敷範士を見るのでありました。寄敷範士は鳥枝範士に頷いて見せて、それから是路総士を見るのでありました。
 不意に障子戸の外で来間の声がするのでありました。
「あのう、道分先生から、これからお邪魔すると電話がありました」
 どうやら先程鳴った電話の呼び出し音は興堂範士からのものだったようであります。控えの間の全員が多少の驚きを籠めて、互いに目を見交わすのでありました。
「一方的に来ると云われただけで、こちらの都合はお訊きにならなかったのか?」
 鳥枝範士がやや憮然とした声音で訊くのでありました。
「ええ、今先生方がお揃いで会議中だと申しましたが、成程それなら余計好都合だ、とおっしゃって、申しわけないが来るまで待っていて欲しい、とのご伝言でした」
「相判った。それから済まんが人数分のコーヒーを持って来てくれぬか?」
 是路総士が障子戸に向かって云うのでありました。来間は「押忍。承りました」と返事して去るのでありましたが、是路総士は興堂範士を待つ間の手持無沙汰を慰めるつもりで、来間にコーヒーを持ってくるよう命じたのでありましょう。
 何時ものように茶ではなく、コーヒーであるところを万太郎は少し奇異に思うのでありました。しかしまあそれは、単なる是路総士の気紛れ以上ではないでありましょうが。
(続)
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