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お前の番だ! 299 [お前の番だ! 10 創作]

 古い門弟達には、ようやく総本部道場の指導体制が本来の充実を取り戻したと見えるでありましょうし、新しい門下生達には、万太郎やあゆみの稽古にはない、迫力やら重々しい雰囲気やらが体験出来るようになったと感じるでありましょう。各支部の稽古に於いても、鳥枝範士や寄敷範士にはない若々しさとか活きの好さとか近寄り易さが、万太郎とあゆみの支部指導への復帰に依って再び齎されたように感じた会員も多いでありましょう。
 是路総士は別格として、門下生達の中には万太郎やあゆみのファンも居れば、当然鳥枝範士や寄敷範士のファンも居るのであります。常勝流総本部道場では技がかなり厳密に統一されているので、夫々の指導者の教える技術は同じなのでありますから、夫々の醸し出す稽古の雰囲気が夫々のファンを獲得していると云う事でありますか。
 こう云う色あいの多様さがその道場の持つ厚みと云うものでありましょう。多士済々である指導陣容の色あいの厚みが、すなわち道場の魅力でも華やぎでもあるのであります。
 さてところで、この新体制になった矢先に、興堂範士から思わぬ申し出が総本部に持ちこまれるのでありました。その申し出には、先ず是路総士とあゆみが大いに困惑をして、それから他の者が波及的に思い煩う、と云った類のものでありましたか。
 興堂範士の総本部道場での出張指導は、是路総士が病院に入院した時以来、旧来の二月か三月に一度と云う不定期から月に一度の定期となっているのでありました。そのペースは是路総士が総本部の指導に復帰した後も、変わらず続いているのでありました。
 更に、興堂範士の出張指導は専門稽古生に対するものでありましたから、一般門下生稽古に顔を出している威治教士の出張指導とはまた別ものなのでありました。依って威治教士は興堂範士の助手と云う役割で総本部道場に現れる事はないのでありましたし、興堂範士の助手には何時も花司馬筆頭教士か板場教士が同道して来るのでありました。
 それが全く珍しく興堂範士が威治教士を伴って出張指導に現れたのは、何時もとは違った了見があるためであろうと万太郎はすぐに推察出来るのでありました。玄関を入った興堂範士の顔つきが心なしか何時もと違って固いように思われるのでありましたし、威治教士もどこか緊張した面持ちで、普段は聞き流している万太郎の迎接の言葉に軽い会釈等返すのは、これはもう滅多にない珍事とも云うべきものでありましたか。
 興堂範士の体術稽古そのものは何時も通りでありましたが、稽古後に興堂範士も威治教士も早々に着替えて体裁を整えて是路総士の前に畏まる風情は、何となく仰々しいものがあるのでありました。茶を献じながら、万太郎は自分がこの場に居るのが如何にもそぐわないように感じて、早々に師範控えの間から退散しようとするのでありました。
「折野君、あゆみちゃんにここへ来るように云ってくれるかのう」
 興堂範士は、廊下に出て正坐してお辞儀する万太郎に云うのでありました。
「押忍。承りました」
 万太郎はそう返事して障子戸を閉めてから、腰を上げる時に思わず知らず首を傾げるのでありました。何時もの稽古後とはどうも様子が違うのであります。
「あゆみさん、師範控えの間でお呼びですよ」
 万太郎は母屋の食堂で稽古着を着た儘でいるあゆみに云うのでありました。
(続)
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