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お前の番だ! 300 [お前の番だ! 10 創作]

「あらそう。何かしら?」
 師範控えの間のただならぬ気配を未だ知らぬあゆみは、そう云いながら椅子から立ち上がると、特段構えた表情もしないで母屋の食堂を出て行くのでありました。そのあゆみの後を追うように来間が控えの間の方に向かうのは、何時も通り中から用を云いつけられたらすぐに対応出来るように、控えの間傍の廊下で待機するためであります。
「ああ、来間、今日は自分が座敷の傍に控えているから、お前はここに居て、後でお出しする酒とか仕出し弁当とかの用意をしてくれ」
 万太郎はふと思いついて来間に声をかけるのでありました。
「押忍。承りました」
 来間はそう返事してから一緒に居る片倉とジョージに目配せを送るのでありました。片倉は流し台の下から日本酒の一升瓶や、戸棚から徳利や猪口を取り出して早速仕事用意に取りかかり、ジョージが受付兼内弟子控え室に向かうのは、もうそろそろ仕出し弁当屋から配達されてくるであろう四人分の仕出し弁当を受け取る用意のためでありました。
「折野先生、あゆみ先生の弁当はどうしますか?」
 来間が、控えの間に向おうとする万太郎の背仲に尋ねるのでありました。「仕出し弁当は四人分しか注文していないのですが」
 四人分とは、興堂範士と威治教士、それに是路総士と寄敷範士の分でありました。
「ああそうだったな」
 万太郎がふり返るのでありました。態々また控えの間の障子戸を開けて寄敷範士にその件を聞き質すのは、控えの間内のただならぬ雰囲気から遠慮したいところであります。
「急ぎもう一つ持ってくるように、弁当屋に電話しますか?」
 来間にそう云われて万太郎はほんの少し考えるのでありました。
「いや、それはしないで良いだろう。若しあゆみさんが向こうで食事を先生方と伴にすると云うのなら、こっちに用意してあるあゆみさんの分を持って行くとしよう」
「押忍。承知しました」
 万太郎は立礼する来間を食堂に残して、足音を立てない摺り足で控えの間の方に向かうのでありました。あゆみは余程勧められない限り向こうで食事する事はないように、特に根拠はないのでありましたが、万太郎には思われるのでありました。
 師範控えの間からは興堂範士の声が廊下まで聞こえてくるのでありました。
「いやまあ、いきなりの不躾な話しで総士先生も驚かれたでありましょうし、ましてやあゆみちゃんには寝耳に水の事じゃったろうとは思うけれど」
 その興堂範士の言葉にすぐに応える声は誰からも上がらないのでありました。暫くの間、師範控えの間は如何にもしめやかに森閑と静まっている儘なのでありました。
 万太郎は障子戸の端の方に、極力音を立てないように気配を殺してゆっくりと正坐するのでありました。是路総士に対してはいきなりの不躾であり、あゆみにとって寝耳に水の事とは、一体全体どう云った話しなのでありましょうや。
「いやまあ、些か驚きはしましたが。・・・」
(続)
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