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お前の番だ! 298 [お前の番だ! 10 創作]

 若し聞かれれば威治教士は、是路総士が云うようなお為ごかしの理由を用意していたのではありましょうが、その実、是路総士や寄敷範士、それに最も苦手とする鳥枝範士の目がない隙を狙って、あゆみに逢うために総本部の稽古にやって来ていたに決まっているのであります。そうして出来ればあゆみと、より昵懇の間柄にならんと目論んでいたのでありましょうが、そんな魂胆なぞは如何にも見え透いていたと云うものであります。
 是路総士にしても威治教士の善意なんぞと云うものは、端から信用してはいないと万太郎には思われるのでありました。しかしそこはそれ、万太郎如きよりは余程度量が大きいから、そう云う無難な辺りで一先ず手を打っていると云う事でありましょう。
 ところでこの間、威治教士のこの目論見は成就されたでありましょうか。寧ろ逆に、あゆみは前より一層つれなくなって仕舞ったのではないでありましょうか。
 あゆみも威治教士の自分への関心が普通ではない事は、疾っくに気づいてはいた筈でありましょうし、それを内心は重荷に感じていたような節も万太郎には間々見受けられたのでありました。それが、威治教士なりに自制してはいるのでありましょうが、それでも竟々顔を覗かせて仕舞うところの彼の人の地金に、より一層辟易して仕舞ったと云うのが、この間の掛け値なしのあゆみの心の見取り図ではないかと万太郎は思うのでありました。
 もう稽古に現れなくなった新木奈ばかりではなくて、威治教士は総本部道場の他の一般門下生達にも大いに評判がよろしくないのでありました。威治教士の場合は、指導をすると云うよりは自分の力量を実際以上に誇示しようとしてか、技をかけて見せる時に相手に不必要な苦痛を与えたり、態と受け身を取り難く投げたりする事に依って、門下生達を素人扱いして悦に入っているようなところが間々見受けられるのでありました。
 技の勘所を伝授したり体の使い方を具体的に示す事もなく、ただ荒々しく且つ意表を突くような勝手な変化とスピードを使って技を施すばかりで、それはとても指導と呼べる代物ではないと万太郎は何時も秘かに眉を顰めているのでありました。それで門下生達の心服を得ることが出来ると、威治教士は無邪気にも本気で思っているのでありましょうか。
 万太郎ばかりではなくあゆみもそう云う、ある意味で幼稚過ぎる了見の威治教士に愛想尽かしするのは、当然と云えば当然の事でありましょうか。そんなあゆみの心機の様相を知ってか知らずか、まあ、恐らく気づきもしないのでありましょうが、威治教士があゆみの心に好印象を残そうと、的外れなパフォーマンスを相変わらず繰り広げて止まない様子等は、これはもう愚かを通り越して可哀そうにも思えて仕舞うのであります。
 興堂範士の御曹司として小さい頃からちやほやされて、自分の周りにいる他者をしっかり見る、或いは冷静な自己省察を繰り返すなんと云う訓練を疎かにこれまで生きてきた威治教士は、その内興堂範士の庇護から離れた時に何やら手痛いしっぺ返しを、その周りにいる他者から屹度蒙る事になるのではないかと万太郎は思うのでありました。その手始めとも云えるのが、つまりこのあゆみの冷淡な視線であろうかと思われるのであります。
 まあ、威治教士の事はさて置き、是路総士の復帰と鳥枝範士と寄敷範士の総本部での指導再開は、総本部の指導陣の厚みを、前にも況して門下生達に印象づけたたようでありました。これは万太郎とあゆみの狙い通りであったと云えるでありましょう。
(続)
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