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お前の番だ! 285 [お前の番だ! 10 創作]

「そうね、そうなるわね」
「そう云うあゆみさんの日課を一般門下生の新木奈さんが知っていると云うのも、何やら薄気味悪いと云えば実に薄気味悪い事ですよね」
「そうね。でもひょっとしたら何かの折に、そんな事をあたしがちらと話したのかも知れないわ。あたしは覚えてはいないけど。別に秘密にする必要もないつまらない事だから」
「それにしたって、その、ちらとあゆみさんから聞いたかも知れない話しをしっかり忘れないでいると云うところにしても、充分薄気味悪い気がしますよ、僕は」
 これは実は新木奈の抜け目なさに対する万太郎の嫉心からの一言でありましたか。
「で、新木奈さんはあたしを見て、ご無沙汰しています、なんて笑って云うの」
 あゆみはこの話しの主題に戻るのでありました。「その云い方なんかは特に屈託があるような様子ではなかったわ。あたしは驚いた顔の儘で、この頃ちっとも稽古に来ないけど何かあったのか、なんて云うような事をしどろもどろに訊いたの」
「稽古に来なくなった事を悪びれている、と云った風ではなかったのですか?」
「ううん、特にそんな様子はなかったわ。何でも仕事の関係で、ここにきて急に忙しくなったからとか云う事だったわ。新しい掘削機械の特許とか設計の事、とかで」
 威治教士の稽古に於ける無言の、しかし明らかな威迫に怖じたから、とは勿論新木奈は云うわけはないのでありました。体裁をかなり気にするタイプの新木奈はあゆみには屹度、そんなものは屁とも思っていないところを強調して見せたいでありましょうから。
「掘削機械の特許とか設計、ですか?」
「ほら、新木奈さんは大手の建設機器メーカーの研究所に勤めているから」
「ああ、それは僕も知っています」
「その掘削機械と云うのが、新木奈さんが開発したらしい特許を組みこむものだから、設計を一手に任されているんだって、あたしの方から詳しい事は訊かないし、若しあれこれ説明をされたとしても、あたしそんな事チンプンカンプンだからね」
 一応尤もらしい理由ではあるけれど、矢張り主因は威治教士の稽古での無言の威迫に違いないと万太郎は思っているのでありました。
「で、ね、そう云う自分の事情とは全く無関係だけど、この頃の道場の一般門下生稽古について、あくまで個人的な感想なんだけどちょっと思ところがあって、あたしにそれを一応伝えておくのも無意味じゃないと思うから、時間を作って貰えないかって云うの」
「神保町の若先生が来るようになって、和気藹々と稽古が出来る雰囲気じゃなくなった、とか云う事でしょうかね、その感想と云うのは?」
 万太郎は早手回しに推測を述べるのでありました。新木奈のこの頃の稽古上の感想なんと云えば、それしかないと思われるのでありますし。
「あたしもそうかなって思ったけど、まあ、それは聞いてみないとはっきりしないから」
「要するに稽古がやりづらくなったと繰り言を云わんがために、朝稽古の終わるタイミングを狙って、郵便受けの前であゆみさんを待ち伏せしていたと云うわけですか」
 万太郎はそう云ってやや眉を顰めるのでありました。
(続)
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